【作家・桐野夏生さんインタビュー《後編》】書く原動力は“怒り”。桐野夏生さんの最新作から話題の過去作まで

「他人(ひと)事ではない」と痛感させられる社会問題を取り上げて、ニュースやネットの情報だけではわからない現実を虚構の世界で見せてきた作家・桐野夏生さん。骨太な作品を書き続ける原動力はどこにあるのだろうか。

女の人が感じる楽しさとつらさその落差を書きたい

「最初にあるのはたぶん怒りですね。問題提起したくなるのはそのあとで、“なんで!?”という感情が先にくるんです。人間はしょせん死んでいく動物だから、根源的に死へのおそれや苦しみを背負っている。小説はそれを書くものだと思っているので、負の感情が力になるのでしょうね。最近の女の人を見ていると、生き方が多岐にわたっているし、どんどん変わってきている。おもしろい時代だと思いますが、相変わらず男性のほうが優遇されていて、女が満ち足りて楽しく生きるなんてなかなかできないのが現実です。だから私はこのおもしろい時代の、女の人の楽しいこととつらいことの落差を書きたい。女性作家にとっては引っかかることがたくさんあるんです」

作家・桐野夏生さん

「書く原動力は、いつだって“怒り”。この社会の根源的な女性の苦しみを描き、救いたい」

そのひとつとして桐野さんがあげたのが、以前フランスでのシンポジウムに参加した際のできごと。「日本では同じ仕事でも女性は男性より給料が低い」とフランスの女性作家に話したところ、「なぜ文句をいわないの?」と返された。産業や社会の構造で女性が不利益を被るようにできている、といくら説明してもわかってもらえなかった。

「話が通じないくらい他国とは乖離しているんだと思い、むなしくなりました。日本では会社の業績が下がったとき首を切られやすいのは非正規の女性。そういう現実が構造的なアンフェアを表しています。ただ、むなしさばかり感じていないで、“ここから変えていく!”と考えなければどうしようもない。一方で最近気になっているのは、女が被害者意識をどう客観化できるかということです。自分や相手の状況を客観視して問題共有できればいいけれど、それって簡単なことではない。女が男を嫌悪したり侮蔑する、ソジニー(※注)の逆のミサンドリー(※注)もありうる。男はミソジニー、女はミサンドリーで、互いに憎み合ってもしかたがない。本当にむずかしいけれど、これからの課題として考えていきたいですね」

※注 ミソジニーとは、女性に対する嫌悪や蔑視のこと。ミサンドリーとは、男性に対する嫌悪や蔑視のこと。

桐野夏生さんはこれまでも「社会小説」を書いてきた!

あのニュース、あの事件。桐野さんの過去作を読むと時代が訴えてくるものが見え、改めて考えるきっかけに。

<1993>

『顔に降りかかる雨』 講談社文庫 ¥946

『顔に降りかかる雨』

講談社文庫 ¥946

親友のライター・燿子が不倫相手・成瀬の金を持って失踪。主人公ミロは成瀬と燿子の行方を追う。壁崩壊後のベルリンとバブル崩壊期の東京がリンクする江戸川乱歩賞受賞作。

<1997>

『OUT』 講談社文庫  上巻¥734 下巻¥681

『OUT』

講談社文庫 

上巻¥734 下巻¥681
深夜の弁当工場で過酷な労働をする主婦たちが主人公。ひとりが夫殺しを告白し、みんなで死体を始末するが……。鬱屈(うっくつ)した日常から逸脱する主婦たちを描き反響を呼んだ、日本推理作家協会賞受賞作。

<2003>

『グロテスク』 文春文庫  上巻¥759 下巻¥792

『グロテスク』

文春文庫

上巻¥759 下巻¥792

昼は大企業の総合職、夜は売春婦をしていた和恵が殺された。彼女の名門女子高時代に何があったのか? 東電OL事件を基に女性の階級社会を描いた泉鏡花文学賞受賞作。

<2016>

『バラカ』 集英社文庫  上巻¥792 下巻¥858

『バラカ』

集英社文庫

上巻¥792 下巻¥858

人身売買市場を通して日本人女性の養子にされた少女・バラカはなぜ被災地でボランティアに保護されたのか。バラカの数奇な運命を軸に放射能に汚染された日本を描いた大作。

<2018>

『路上のX』 朝日文庫 ¥880

『路上のX』

朝日文庫 ¥880

高1の真由は両親が夜逃げしたため叔父宅に行くが折り合いが悪く、渋谷をさまよう。窮地に陥った彼女はJKビジネスに近づいていくが…。少女たちの過酷すぎる現実を描く。

<2020>

『日没』 岩波書店 ¥1,980

『日没』

岩波書店 ¥1,980

小説家・マッツ夢井に政府組織から召喚状が届き、出頭先に向かった彼女は療養所に収容されるが、そこで所長にいわれたことは。表現の自由をめぐる戦いがリアルな近未来小説。

<2021>

『砂に埋もれる犬』 朝日新聞出版 ¥2,200

『砂に埋もれる犬』

朝日新聞出版 ¥2,200

母親からネグレクトされて小学校に通わせてもらえず、食事にも事欠く優真。手をさしのべるコンビニ店長が現れるが……。思春期の少年を立ち直らせるむずかしさを痛感。

桐野さんが注目する女性作家の“社会小説”はこの2作

桐野さんが注目する 女性作家の"社会小説"はこの2 作

(右)『アンソーシャル ディスタンス』金原ひとみ 新潮社 ¥1,870

(左)『コンビニ人間』村田沙耶香 文春文庫 ¥660

「金原ひとみさんの『アンソーシャル ディスタンス』はセックス描写がものすごくおもしろくて、書くのをためらっていない。二の足を踏まない勇気を感じるし、とがった感性がいいなと思います。村田沙耶香さんも好きですね。“登場人物がぶっ飛んでいる”とよくいわれますが、芥川賞受賞作の『コンビニ人間』は社会に過剰適応する女性の話です。コミュニケーションもルーティン化している社会での生きづらさをうまく描いていると思います」

桐野夏生さんの最新作

『燕は戻ってこない』

『燕は戻ってこない』

桐野夏生 集英社 ¥2,090

派遣で病院事務をしているリキは、お金がなくてみじめな毎日から解放されたいと、多額の報酬がもらえる代理母を引き受ける。慎重に生きてきた孤独なリキの迷いながらの選択について考えさせられる長編小説。

桐野夏生

桐野夏生

きりの なつお◦’51年、金沢市生まれ。’93年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞、’99年『柔らかな頰』で直木賞、’10年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、’11年同作で読売文学賞を受賞。ほかにも著書多数。
  • エッセー集『ぜんぶ 愛。』につづられた思いとは?安藤桃子さんインタビュー

    エッセー集『ぜんぶ 愛。』につづられた思いとは?安藤桃子さんインタビュー

    父・奥田瑛二からは個性的すぎる教育を、母・安藤和津からはたっぷりの愛情を受けて育ち、現在映画監督として活躍する安藤桃子さん。エッセー集『ぜんぶ 愛。』には“著名人の娘”という目で見られて悩んでいた彼女が映画の世界に飛び込んだ経緯、そして結婚・出産・離婚を経験した移住先の高知で暮らしを楽しむ様子がいきいきとつづられていて、読む人の心を離さない。安藤さんのバイタリティに魅了される一冊だ。

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