50代、人生の節目にはいつもユーミンの曲があった。松任谷由実さん関連のおすすめ3冊【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。ユーミンのデビューまでの軌跡を当時の雰囲気とともに辿る『すべてのことは メッセージ 小説ユーミン』をはじめ、昨年デビュー50周年だったユーミンこと松任谷由実さんの関連書籍を紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『日本の同時代小説』『中古典のすすめ』『忖度しません』『挑発する少女小説』ほか著書多数。
『すべてのことは メッセージ 小説ユーミン』

八王子の由実ちゃんが“ユーミン”になるまでの物語

昨年はユーミンこと松任谷由実さんのデビュー50周年だった。現在の30代から60代まで、人生のさまざまな局面でユーミンの曲がそばにあったという人は少なくないだろう。

記念書籍も続々出版。山内マリコ『すべてのことはメッセージ』の副題は「小説ユーミン」。八王子の由実ちゃんこと荒井由実が、シンガーソングライター・ユーミンになるまでの物語である。

東京郊外の八王子は「桑都(そうと)」と呼ばれる養蚕や織物の産地であり、絹糸の集散地として江戸期から商人でにぎわう町だった。ここで店を構える荒井呉服店は戦後、創業者の与三が引退、娘の芳枝夫妻に代がわりしていた。芳枝すなわち由実の母は女学校や家政学院で学んだ元モダンガール。新しい文化に敏感な先取的な人だった。

1954年1月、由実はこの家の次女として生まれた。4人きょうだいの下から2番目。カトリック系の幼稚園で西洋文化の風を受け、大勢の人が働く家では純和風。姉のゆうこと違い、由実は芳枝の趣味にたっぷり付き合わされて育った。映画、歌舞伎、宝塚歌劇。習い事はピアノと清元。

地元の小学校を出て中学受験をし、姉のゆうこも通う立教女学院に進学した由実は、13歳で音楽との運命的な出会いをする。学校の教会で聞いたパイプオルガンと、グループ・サウンズ(GS)である。タイガースやテンプターズが一世を風靡する中、由実のお気に入りはややマイナーなビーバーズとフィンガーズだった……。

この本の特徴は、八王子の歴史から説き起こし、’50年代から’70年代までの大きな時代の流れの中で、この時代に育った一少女の物語を浮かび上がらせている点である。主人公は荒井由実その人であるにしても、作者の巧みな構成力に乗せられて、読者は当時のカルチャーを強烈に思い出し、過去に飛ぶ感覚を味わうだろう。一種の群像劇といってもいい。

由実の早熟ぶりはしかし、やはり群を抜いていた。新宿のジャズ喫茶に通い、立川の米軍基地に出入りして最先端の音楽に触れるうち、彼女は大きな発見をする。〈わたしにも曲は作れる!〉

プロコル・ハルムの『青い影』とバッハの『G線上のアリア』が同じコード進行だと気づいたのがキッカケだった。日常の中でふと湧き上がるメロディ。中学3年生の由実は考えた。〈わたしは天才なんだ。自分の作品を作るアーティストになるんだ。いつか自分が作った歌を、世に出すんだ。/わたしは、作曲家になりたい〉

ここから彼女が18歳でデビューするまでにはもうひと波乱あるのだけれど、半生記というより青春譜。刻苦奮闘、艱難(かんなん)辛苦の成功物語とはひと味もふた味も違った展開なのがユーミンらしい。

『すべてのことは メッセージ 小説ユーミン』

山内マリコ

マガジンハウス ¥1,980

作者の執念の取材力とインタビューから生まれた、荒井由実がユーミンになるまでの物語。’60年代のGS全盛期から、ヒッピー文化を牽引(けんいん)したミュージカル『ヘアー』の時代まで、綺羅星(きらぼし)のごとく登場するミュージシャンの名前にも、中学生だてらにそのそばにいつもいた由実の姿にも呆然。デビュー曲『返事はいらない』やヒット曲『ひこうき雲』の舞台裏に隠されたエピソードにも興味津々。ファンには垂涎(すいぜん)の一冊だ。

あわせて読みたい!

『Yuming Tribute Stories』

Yuming Tribute Stories

小池真理子/桐野夏生/江國香織/綿矢りさ/柚木麻子/川上弘美

新潮文庫 ¥649

当代の人気女性作家6人が、ユーミンの曲を小説にアレンジした魅惑の競作。小池真理子「あの日にかえりたい」、桐野夏生「DESTINY」、江國香織「夕涼み」、綿矢りさ「青春のリグレット」、柚木麻子「冬の終り」、川上弘美「春よ、来い」。元の歌とはまた異なる物語がステキ。

『ユーミンの罪』

ユーミンの罪

酒井順子

講談社現代新書 ¥968

’73年のデビューアルバム『ひこうき雲』から’91年リリースの『DAWN PURPLE』まで、20枚のアルバムに収められた曲を俎上(そじょう)に載せ、歌詞の裏側に見え隠れする時代背景と、それらが聞き手の心理に与えた影響を探ったエッセイ。バブル前後の恋愛模様の変遷に納得するところ大。

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