日本の空き家問題を考えるきっかけになる小説「カモナマイハウス」【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

今話題の本を文芸評論家・斎藤美奈子さんがご紹介。エクラ世代にピッタリなテーマ、“空き家問題”についての3冊。
文芸評論家・斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『日本の同時代小説』『中古典のすすめ』『忖度しません』『挑発する少女小説』ほか著書多数。近著は『出世と恋愛 近代文学で読む男と女』(講談社現代新書)。
本1

決して他人事(ひとごと)ではない!? 空き家をめぐる家族の物語
日本は今、空き家だらけだ。’18年の時点で約850万戸。空き家率は13.6%で7軒に1軒。’25年には団塊世代が75歳を迎え、’33年には3軒に1軒が空き家になるという試算もある。実家のようすを思うにつけ、他人事ではないという人も多いのでは?

重松清『カモナマイハウス』は誰にとっても切実な現代の空き家問題を、一組の夫婦とその息子の視点から描いた長編小説だ。主人公の水原孝夫は定年を間近に控えた58歳。不動産会社の都市計画部でニュータウンや大型マンションの再開発に携わってきたが、現在は出向先の会社で空き家のメンテナンスの仕事をしている。

結婚33年になる妻の美沙は数年前、両親の介護で長年勤めてきた高校の国語教師を早期退職した。その両親を相次いで看取(みと)り、ようやく介護から解放されたというのに、その途端、介護ロスに陥り、あげく「マダム・みちる」なる怪しげな老婦人が自宅で開く「お茶会」にハマっている。

そんな水原家に息子の研造が足を骨折したのでしばらく世話になりたいといって戻ってきた。研造は31歳。10年前に特撮ヒーローもの(「ガイア遊撃隊ネイチャレンジャー」)に出演したという経歴の持ち主だが、ブレイクしそこね、現在はバイトをしながら、自ら立ち上げた小さなミュージカル劇団で役者稼業を続けている。

まったくもう、というしかない。かつては新築物件を扱い、現在は老朽化した家を保守する夫。子育ても介護生活も卒業したのに、生きがいを失った妻。そして30歳を過ぎても足もとが定まらない息子。下り坂に入った家族の末路を予感させる不穏な設定である。

加えてそこに、美沙の実家の空き家問題が勃発! 兄の健太郎が、妹の意向も聞かず勝手に実家の処分方法を決めてしまったのだ。兄が委託したリノベーション会社が提案してきたのは「もがりの家」。火葬までの待ち時間に利用する遺体の安置所だった。

遺体の安置所ですからね。イエスといえます? 突然のことに気持ちの整理がつかない美沙に、兄は容赦なく迫る。〈リフォームして『もがりの家』にするか、誰かに売るか、どっちがいい〉。

家には家族の歴史がつまっている。だからこそ、きっぱり売ったり壊したりといった決断を、多くの人はなかなかできない。

家を殺すも生かすも、残された人しだい。〈空き家は、廃屋じゃないんだからな〉と孝夫はいう。空き家は〈一時停止の状態なんだ。ポーズだな。画面は暗くならずに、ただ停まってるだけなんだ〉。

重松清らしいハートウォーミングな結末が用意されてはいるものの、そこにいたるまでの道のりは平坦ではない。ではわが家は、と考えずにいられなくなるだろう。

『カモナマイハウス』

重松 清
中央公論新社 ¥1,980

アラ還の夫妻に突然のしかかった、妻の実家の空き家問題。その行方をめぐる一家の右往左往を中心に、空き家をめぐる諸問題があぶり出される。ビジネスチャンスありと付け込んでくるリノベーション会社のやり手社長、レンタルの瀟洒(しょうしゅ)な洋館を自宅と偽ってお茶会を開くマダムなど、一家のまわりにいるのは怪しげな人ばかり。果たして妻は実家にどう決着をつけるのか。エクラ世代にピッタリなテーマの『婦人公論』の連載小説。

あわせて読みたい!

本2

『たんぽぽ団地のひみつ』

重松 清
新潮文庫 ¥825
舞台は’60年に建てられ、取り壊しが決まった団地。かつてドラマのロケ地にもなったこの団地の住人は老人ばかり。小学6年生の杏奈はここで暮らす祖父を説得すべく、父と団地を訪れるが……。SF的な仕掛けで古い団地の夢が蘇る’15年刊の『しんぶん赤旗日曜版』連載小説。

本4

『老いた家 衰えぬ街 住まいを終活する』

野澤千絵
講談社現代新書 ¥924
こちらは少しシビアな空き家問題論。空き家の多くは実家の相続を機に発生、とりあえずそのままにという「問題先送り空き家」である。20年も放置された家さえあるが、そこで発生するリスクとは。著者は都市計画の専門家。高齢世帯の「空き家予備軍」から考える必要性を説く。

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