【夏の文芸エクラ大賞】第8回大賞は一穂ミチ『恋とか愛とかやさしさなら』に決定!

エクラで書評を担当している文芸評論家とライター、担当編集者がじっくり討論し、この一年間に出版された本の中から大人の必読書を厳選! 第8回文芸エクラ大賞に選ばれた一穂ミチ『恋とか愛とかやさしさなら』をご紹介。

第8回 文芸エクラ大賞発表!

『恋とか愛とかやさしさなら』

『恋とか愛とかやさしさなら』

一穂ミチ 小学館 ¥1,760
カメラマンの新夏(にいか)は会社員の啓久(ひらく)と交際5年。プロポーズされた翌日に啓久が通勤中に女子高生を盗撮し、示談が成立するが……。新夏は“二度としない”という彼を信じられるのか、そもそも信じるとはどういうことなのか、啓久の家族の反応は? 後半では啓久の視点で、事件のその後と意外な展開が描かれる。性的搾取やルッキズムなど多くの問いを読む人に突きつけつつ、人間の欲望の闇に迫る小説。

背景にあるのはスマホの普及。盗撮した人の恋人や家族の気持ちをここまで考えるとは!
━━文芸評論家 斎藤美奈子

“出来心ってなぜ生まれるの?そんな問いがずっと頭から消えない

━━書評ライター 細貝さやか

何事もなかったようにするのが愛なのか……主人公と一緒に悩んだ
━━編集 K野

二度としないという言葉は、当人が死ぬまで真偽不明と教えられた衝撃作
━━書評ライター 山本圭子

受賞コメントをいただきました! 作家・一穂ミチさん

作家・一穂ミチさん

性犯罪に関するニュースを見ない日はないといっていいくらい、日々忌まわしい事例を見聞きします。日本のどこかで起こったそんな事件の当事者になったカップルの選択を描こうと思いました。特に女性側の苦悩について「理解できる」というお声も「理解できない」というお声もたくさんいただきました。そのすべてが物語の中のできごとを「自分ごと」として考えてくださったのがうれしかったです。現実でもきっと、模範解答はないのでしょう。「文芸エクラ大賞」を通じ、また誰かの「自分ごと」になれますように。このたびは本当にありがとうございます!

文芸エクラ大賞とは?

私たちは人生のさまざまなことを本から学び、読書離れが叫ばれて久しいとはいえ、本への信頼度が高いという実感がある世代。エクラではそんな皆さんにふさわしい本を選んで、改めて読書の喜びと力を感じていただきたいという思いから、’18年にこの賞を創設。

選考基準は、’24年6月~’25年5月の1年間に刊行された文芸作品であり、エクラ読者に切実に響き、ぜひ今読んでほしいと本音でおすすめできる本。エクラ書評班が厳選した、絶対に読んでほしい「大賞」をはじめ、ほかにも注目したいエクラ世代の必読書や、書店員がおすすめのイチ押し本を選定。きっと、あなたの明日のヒントになる本が見つかるはず!

▼4人の選者
文芸評論家 斎藤美奈子
本や新聞、雑誌などで活躍。エクラで「オトナの文藝部」を連載中。文学や社会への鋭い批評が支持されている。

書評ライター 細貝さやか
エクラ書評欄をはじめ、文芸誌の著者インタビューなどを執筆。特に海外文学やノンフィクションに精通。

書評ライター 山本圭子
出版社勤務を経てライターに。女性誌ほかで、新刊書評や著者インタビュー、対談などを手がける。

書評担当編集 K野
女性誌で書評&作家インタビュー担当歴20年以上。女性誌ならではの本の企画を常に思案中。

今年も盛り上がった選考会。本音を語ったその内容は?

目立ったのは運命や人生について考えたくなる本

K野 今年も個性豊かな本がそろいましたね。年を重ねたせいか、ままならない人生を描いた本が特に響きました。

山本 『逃亡者は北へ向かう』は運命の残酷さにやりきれない気持ちになりました。作者の柚月さんは震災でご両親を亡くされたそうですが……。

斎藤 つらい体験から時間がたったからこそ書けた小説なのでは。自分を投影せず、あえて今、震災直後の犯罪の話にしたことでエンタメとして成功しているし、おもしろかったですね。『熊はどこにいるの』も背景に震災がありますが、赤ちゃんを盗むなどタブーを犯す女性たちがみんなわけありな感じ。彼女たちの過去が気になりました。

細貝 運命の不思議さを感じた作品集が『富士山』。その中の一編「ストレス・リレー」はひとりのストレスが伝染していく話で、まるで現代社会の縮図。でも希望をもてる結末でよかった。

山本 『大使とその妻』は水村美苗さんの12年ぶりの大長編。“妻”の人生を左右したのはさまざまな人の“古きよき日本”への思いで、歴史的・知的興味をそそられました。

K野 今年多かったのが、性加害がテーマの小説。『熊はどこにいるの』にもその要素がありましたが、『恋とか愛とかやさしさなら』には関係者の苦悩が繊細に書かれていましたね。

斎藤 性加害は社会問題化しているだけに、作家たちも考えざるをえなくなりますよね。『恋とか……』で提示されているのは「性犯罪者の男性と結婚できるか」という問い。盗撮で初犯、示談が成立という設定が絶妙で、周囲の「こんなことで壊れるのはもったいない」という反応も「手を切るなら今のうち」という反応も理解できる。「盗撮ってこんなにも人によって考え方が違うんだ」という驚きがありましたね。

細貝 さまざまな問いを自分ごととして考えた小説でした。

山本 示談が成立しても噂に怯(おび)え続ける加害男性。彼の心理にも踏み込んでいて一気に読まされました。

K野 『ヤブノナカ』は出版界を背景に性加害問題を別の角度から書いた小説ですが、文章に疾走感がありました。

斎藤 男性は恋愛だと思っていたのにその後女性に「あれは性的搾取だった」といわれる。よくある話ですが、当事者間の話にとどまらずSNSを通してどんどん情報が漏れていく感じがいかにも“今”ですね。

細貝 当事者や関係者が持論や思いを語るけれど、誰が正しいとも誰が間違いともいいきれない印象。まさに正義は「ヤブノナカ」です。

対談集やエッセーには心のビタミンになる本が

 同じ出版界の話でも『プライズ』は直木賞レースに翻弄される人々の話。「この作家はあの人がモデル?」と思わず想像しました(笑)。

細貝 直木賞が欲しくて承認欲求のオニと化す女性作家も編集者たちも悲壮感をたたえつつどこか滑稽。見事なエンタメ作品でした。

山本 ダークな世界観に一気にもっていかれたのが『世界99』。最初は主人公に共感していましたが、やがて彼女は、あるかわいい生き物に出産などを担わせる近未来的世界の住人に。ぶっ飛んだ発想に仰天しました。

細貝 翻訳小説では『歩き娘』がすばらしかった。抑圧されてきたイスラム女性たちの日常が浮き彫りにされていて、胸に迫るものがありました。

K野 昨年亡くなった谷川俊太郎さんと伊藤比呂美さんの対談からは発想の自由さ、痛快さが伝わります。

山本 『たぶん私たち一生最強』は同居する女性4人のパワフルさが圧倒的! 家族のかたちを考えるきっかけにも。

斎藤 “女性のシェアハウスもの”はジャンル化してきていますね。

細貝 女性たちの話といえば『魔法を描くひと』もそう。仕事で男性に差別された女性たちの悔しい思いがやがて報われて、勇気をもらいました。

K野 北大路公子さんの養生日記には介護の話も。“日々大変でも物事をおもしろがる気持ちは大切”と感じます。

山本 『うそコンシェルジュ』の表題作は人間関係のストレスをうそで解決する話。人を傷つけないうそのつき方が秀逸で、ほっこりしました。

K野 さて、今年の大賞にふさわしい本は……。

斎藤 誰もに多くの問いを投げかける『恋とか愛とかやさしさなら』でしょうか。現実をどうとらえればいいのかという主人公・新夏の迷いがていねいに書かれていて、引き込まれました。

細貝 軽微といわれる犯罪の深刻さも伝わり、時代を反映していますよね。

山本 私も賛成です。

K野 では満場一致で『恋とか愛とかやさしさなら』を大賞に! 今年らしい小説だったと思います!

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