感染症におびえる町の人間模様を描く『あなたに安全な人』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

この冬アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は、“感染者第一号”を恐れる町の人間模様を描く、木村紅美の『あなたに安全な人』ほか、コロナ禍を背景にした“コロナ小説”をご紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』ほか著書多数。近著に『挑発する少女小説』(河出新書)。
あなたに安全な人

『あなたに安全な人』

木村紅美

河出書房新社 ¥1,837

わけあって、それぞれ東京から地元に戻ってきた妙と忍。ひたひたと迫りくる感染症におびえる町で、過剰なほど衛生に気を遣う妙と、不潔な環境での暮らしを余儀なくされていた忍は、やがてひとつ屋根の下で暮らしはじめるが、ふたりの距離はどこまでいっても縮まらない。妙は自殺した少年の父親につきまとわれ、忍は彼の過去を動画で知った姪に脅されている、という設定もちょっとスリリングで、コワさに拍車をかける。作者は現在、岩手県盛岡市在住。

“感染者第一号”を恐れる町の人間模様を描くコロナ小説

新型コロナウイルスは大なり小なり人々の暮らしを変え、意識を変えた。’20年春の緊急事態宣言から1年半以上が経過して、コロナ禍を背景にした小説も少しずつ増えてきた。

木村紅美(くみ)『あなたに安全な人』の舞台は東北のある町だ。


工藤妙は46歳。東京で中学校の教師をしていたが、母の病をきっかけに昨年の春、9年ぶりに生まれた町に帰ってきた。その母も、次いで父も亡くなって、今は古びた実家にひとり住まいだ。

一方の忍は34歳。家賃を滞納して東京のアパートを追われ、昨年の夏、13年ぶりに地元に戻った。が、実家の母屋には兄一家が住み、彼は食事も与えられず、土蔵で寝起きさせられている。

半分世捨て人みたいなふたりが便利屋とその客として出会った。というところから物語は始まるのだが、興味深いのはこの県から「新型肺炎」の陽性者がひとりも出ていないこと。妙が地域から孤絶しているのも忍が家族に疎まれているのも、彼らが「東京帰り」であることが関係している。

〈まぁ、しょうがないですね。田舎だと、感染者になったら、一族の恥、って叩かれて、のちのちまで語り継がれますしね〉と忍はいう。〈もしかすると、すでにそれっぽい症状が出てるのに、裏庭の蔵、とかに閉じ込められてる人もいるかもしれませんよね。病院で検査を望んだら、県内の第一号になりたいんですか、って脅されて、受けさせてもらえず帰った人がいる、ってうわさも聞くし〉


ええーっ、ほんと?


と思う半面、これはこれでありそうな話だったりしますよね。


実際、妙の住む町内では、東京から移住してきたある男性が、最近、自殺とおぼしき謎の死をとげていた。彼が越してきたのは、ちょうど東京で感染が拡大したころだった。〈借りる契約をしていたマンションの住民会議で、東京から来たのならウイルスの潜伏期間がすぎるまで入居は控えるよう決議され廃屋同然の仮住まいへ移され〉た、そのあげくの死。


未知のウイルスは人の体だけでなく、時には心も蝕む。思い起こせば、最初の緊急事態宣言が発出された’20年春の緊張感はただごとではなかった。作中に漂う不気味な緊張感は、当時のウツウツとした気分を思い出させる。


そのうえ、妙も忍も実は心に大きな痛みを抱えていた。妙は教え子のいじめによる自殺を止められなかった負い目があり、忍は警備員のバイトでおもむいた沖縄で、新基地反対運動に参加していた女性を突き飛ばした過去がある。

都会から逃げ、過去から逃げてきた先の故郷にも居場所はなかった。東京発のニュースではわからない小さな町の事情。コロナ小説の中でも出色のできだと思う。

あわせて読みたい!

貝に続く場所にて

『貝に続く場所にて』

石沢麻依

講談社 ¥1,540

舞台はコロナ下のドイツ・ゲッティンゲン。語り手の「私」は大学で西洋美術史の研究をしているが、そこにひとりの男性が訪ねてくる。10年前の東日本大震災で行方不明になった野宮だった。卓越した筆力で絶賛された’21年の芥川賞受賞作。

アンソーシャル ディスタンス

『アンソーシャル ディスタンス』

金原ひとみ

新潮社 ¥1,870

5編中2編がコロナ小説。表題作は推しのバンドの公演中止で自暴自棄になった若いカップルが「心中」を企てる旅に出る物語。「テクノブレイク」は身体的接触を避けようとして気持ちも離れていく恋人同士を描く。’21年の谷崎潤一郎賞受賞作。

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