新型コロナウイルスは大なり小なり人々の暮らしを変え、意識を変えた。’20年春の緊急事態宣言から1年半以上が経過して、コロナ禍を背景にした小説も少しずつ増えてきた。
木村紅美(くみ)『あなたに安全な人』の舞台は東北のある町だ。
工藤妙は46歳。東京で中学校の教師をしていたが、母の病をきっかけに昨年の春、9年ぶりに生まれた町に帰ってきた。その母も、次いで父も亡くなって、今は古びた実家にひとり住まいだ。
一方の忍は34歳。家賃を滞納して東京のアパートを追われ、昨年の夏、13年ぶりに地元に戻った。が、実家の母屋には兄一家が住み、彼は食事も与えられず、土蔵で寝起きさせられている。
半分世捨て人みたいなふたりが便利屋とその客として出会った。というところから物語は始まるのだが、興味深いのはこの県から「新型肺炎」の陽性者がひとりも出ていないこと。妙が地域から孤絶しているのも忍が家族に疎まれているのも、彼らが「東京帰り」であることが関係している。
〈まぁ、しょうがないですね。田舎だと、感染者になったら、一族の恥、って叩かれて、のちのちまで語り継がれますしね〉と忍はいう。〈もしかすると、すでにそれっぽい症状が出てるのに、裏庭の蔵、とかに閉じ込められてる人もいるかもしれませんよね。病院で検査を望んだら、県内の第一号になりたいんですか、って脅されて、受けさせてもらえず帰った人がいる、ってうわさも聞くし〉
ええーっ、ほんと?
と思う半面、これはこれでありそうな話だったりしますよね。
実際、妙の住む町内では、東京から移住してきたある男性が、最近、自殺とおぼしき謎の死をとげていた。彼が越してきたのは、ちょうど東京で感染が拡大したころだった。〈借りる契約をしていたマンションの住民会議で、東京から来たのならウイルスの潜伏期間がすぎるまで入居は控えるよう決議され廃屋同然の仮住まいへ移され〉た、そのあげくの死。
未知のウイルスは人の体だけでなく、時には心も蝕む。思い起こせば、最初の緊急事態宣言が発出された’20年春の緊張感はただごとではなかった。作中に漂う不気味な緊張感は、当時のウツウツとした気分を思い出させる。
そのうえ、妙も忍も実は心に大きな痛みを抱えていた。妙は教え子のいじめによる自殺を止められなかった負い目があり、忍は警備員のバイトでおもむいた沖縄で、新基地反対運動に参加していた女性を突き飛ばした過去がある。
都会から逃げ、過去から逃げてきた先の故郷にも居場所はなかった。東京発のニュースではわからない小さな町の事情。コロナ小説の中でも出色のできだと思う。