75年ぶりに発見された田辺聖子のリアル日記『田辺聖子 十八歳の日の記録』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は、戦争末期の2年間につづられた、戦時下の少女のリアル感じる『田辺聖子 十八歳の日の記録』をご紹介。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』ほか著書多数。近著に『挑発する少女小説』(河出新書)。
『 田辺聖子 十八歳の日の記録 』

『田辺聖子 十八歳の日の記録』

田辺聖子

文藝春秋 ¥1,760

学徒動員の経験から始まり、大阪大空襲、敗戦、父の死、残された一家の苦闘、食糧難、そして作家への夢。作家・田辺聖子の原点としても、戦時中の女学生の記録としても貴重な日記。〈来年も、勉強して小説を書こう。私はもう、この道しか、進むべき道はない〉(’46年12月31日)、〈さあこれから(略)勇ましく人生の海へ乗り出してゆこう〉(卒業を控えた’47年3月4日〉などの文言が輝いている。親切な註のほかに写真も多用され、資料的価値を超えた読みものとしても一級品。

75年の時を経て発見された、田辺聖子のリアル日記

エクラ世代は田辺聖子作品をわりと熱心に読んだ世代じゃないかしら。彼女が描く女性像は「自立した女」のハシリで、ものすごく時代を先取りしていたし、彼女が好んで描く男性像はマッチョとは遠いちょっとトホホな中年の男たちだった。

田辺聖子はまた、戦争体験の語り手としての顔ももっていた。『田辺聖子 十八歳の日の記録』は1945年4月から’47年3月まで、戦争末期の2年間につづられた正真正銘のリアル日記だ。没後2年の2021年に自宅で見つかり、一部が雑誌に掲載されると、たちまち大きな反響を呼んだ。

それもそのはず。単に著名な女性作家の戦中日記というだけじゃないのよね。思索の深さといい文章の完成度といい、とても十代の日記とは思えない質の高さ。

〈日記は好きである。日記は書けば書くほど、心の中が整理され、頭も澄み渡って来る。反省が出来、奮発心がおこる。日記はいいことである〉(’45年4月1日)

初日の日記にこういう「日記論」をさらっと書いちゃう彼女は、このとき満17歳。大阪の樟蔭女子専門学校(現在の大阪樟蔭女子大学)の国語科1年生だった。

読んでてなにより感じるのは、彼女の勉学意欲の高さである。〈あらゆる国文学を究める学者になりたい。/勉強! 勉強!〉と誓う一方、勤労奉仕を優先する文部大臣を念頭に〈国家百年の計を立てるのならば、宜しく、学生に勉強させるべきだと思う〉(4月10日)と苦言を呈す。そうかと思えば、ドイツの降伏を受け〈ドイツは遂に屈したが、日本はあくまで一億が玉砕するまで戦うであろう〉〈我々女性もまた、銃を取り、剣を握る〉(5月23日)と勇ましい言葉を書きつける。このへんは軍国少女の面目躍如(?)である。

戦争の影はしかし、日ましに身近に迫ってきた。日記のひとつの山場は6月1日の大阪大空襲だろう。この日の空襲で写真館を営む聖子の生家も焼失するのだ。学校から電車と徒歩で自宅まで帰りついた娘を迎えたのは母の悲痛な声だった。〈聖ちゃん、家が……家がやけてしもうた……〉〈あんたの本なあ、たくさんあったのが出してあげたかったんやけど、出すことが出来なんだ……〉。


そして迎えた8月15日。この日の日記は漢文調。〈何事ぞ!/悲憤慷慨(ひふんこうがい)その極(きわみ)を知らず、痛恨の涙、滂沱(ぼうだ)として流れ、肺腑(はいふ)は抉(えぐ)らるるばかりである〉なんちゃって、まるで明治の檄文(げきぶん)だ。

卓越した観察眼と多彩な文章表現力。リアルな日記のはずなのに、小説を読んでいるような錯覚にとらわれる。戦後の聖子は夢見る軍国少女からしだいに脱皮し、作家になるという決意を固めていく。その過程も感動的。作家・田辺聖子の原点に触れる思いがする。

あわせて読みたい!

『 私の大阪八景 』

『私の大阪八景』

田辺聖子

角川文庫 ¥836

自身の分身であるトキコを主人公に、小学校(国民学校)6年生から女学校、女専時代に迎えた敗戦まで、戦時下の少女を連作短編のかたちで描いた自伝的小説。日記と同じエピソードも含まれているが、軍国少女の姿はいくぶんデフォルメされたかたちで描かれる。初版は’65年刊。

『 アンネの日記 増補新訂版 』

『アンネの日記 増補新訂版』

アンネ・フランク 深町眞理子/訳

文春文庫 ¥1,056

’44年、ナチに連行され強制収容所で命を落とした、今日では誰もが知る15歳の少女の日記(’42年6月〜’44年8月)。長く読み継がれてきた短縮版にかわり、より日記の原型に近いかたちで出版されたのが2003年発売のこの版。少女らしい率直な思いに触れることができる。

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