ウチナーグチ(沖縄方言)を効果的に用い、沖縄の2つの時代を1本の線でつないだ力作長編、豊永浩平の『はくしむるち』を紹介。当時まだ21歳の琉球大生だった豊永のデビュー作『月ぬ走いや、馬ぬ走い 』や、同じく沖縄文学の重要な書き手として知られる池上永一の『バガージマヌパナス わが島のはなし』もあわせて読みたい。
『はくしむるち』
豊永浩平
講談社 ¥1,980
現代と戦中、2つの時代を舞台に、いじめと戦争という暴力に直面したふたりの少年を描く。ふたり以外の準主役は、貧しさゆえに高校を中退して反社会的勢力に取り込まれる瑞人と、性暴力の被害にあう円鹿。地の文で「きみ」「お前」と呼びかける「ぼくら」とは、沖縄で死んだ死者たちと考えられる。ウチナーグチ(沖縄方言)を効果的に用い、2つの時代を1本の線でつないだ力作長編。
いじめと戦争。暴力に直面したふたりの少年を描く沖縄文学
どこまでも続く青い空と海。琉球王国時代から培われてきた独自の文化。沖縄は今やすっかり南国のリゾートのイメージだ。しかし半面沖縄は、県民の4人に1人が犠牲になったとされる日本で唯一の地上戦(沖縄戦)を経験した地であり、現在もなお全国の米軍基地の7割が沖縄に集中している。
そんな明と暗の両面をもつ沖縄から、彗星のように登場したのが、’24年、『月ぬ走いや、馬ぬ走い(ちちぬはいや、うんまぬはい)』でデビューした豊永浩平だった。タイトルからしていきなりウチナーグチ(沖縄方言)。しかも作者は当時まだ21歳の琉球大生。文学界が沸いたのも当然だろう。
『はくしむるち』はその豊永浩平の新作である。主人公はふたりいる。
ひとりは大伯父の影響で昭和のレトロなウルトラマンやガンダムにハマり、オタク少年となった中村行生(ゆきお)。作中で「きみ」と呼びかけられる行生は、小中学校でひどいいじめにあっていた。
もうひとりは行生の大伯父の修仁(しゅうじ)で、 彼は本や漫画や古いビデオなどを雑多に置いた喫茶店を経営している。作中で「お前」と呼びかけられる修仁は、戦時中、勤皇隊(旧制中学校生や師範学校生を動員した学徒隊)の少年兵だった。
こうしてふたりの少年の、2つの時間を行き来しながら物語は進行する。いじめられっ子と少年兵。ふたりに共通するのは暴力の被害者であることだ。
当初ヒーローに憧れていた行生は『帰ってきたウルトラマン』のある回を見てから怪獣の側に肩入れしはじめる。〈怪物は──たぶん、姿を変えて今も生きてる〉。その姿は行生自身とも、あるいは沖縄の姿そのものとも重なる。〈どうして怪獣や、怪物たちは、あれほどまでに人間に迫害されるのだろう?〉という行生の問いに〈人間はいわば怪物もどき(むるち)であり、逆に怪物もまた人間もどき(むるち)なのだ〉と大伯父の修仁は答える。
〈まだ(なーら)白紙もどき(むるち)ぬ子ども(わらばー)たーやれー怪物ならんよう気(ち)い付(ち)きらんだれーならんさ!〉
一方、80年前の修仁は上官のしごきや艦砲射撃の音におびえながら避難用の壕を掘る作業を続けていたが、やがて那覇が空襲を受け、敵機の襲撃で数人の仲間を失い、上官の撤退命令に従って島を南下。最後は米軍の捕虜となる。
’72年、沖縄の本土復帰の日にも修仁のわだかまりは消えなかった。〈どうして(ぬーんち)、おれら(わったーや)は苦しまなくてはならん? 何が変わったというのだ? 弥勒世(みるくゆー)はこず、ウルトラマンもまたこない〉
暴力に終わりはなく、かつて行生をいじめから救ってくれた転校生の漆間瑞人(みずと)や、古典舞踊の継承に夢を懸ける桑江円鹿(まどか)も暴力に直面するのだが……。
せめて一矢報いたい。行生が瑞人らと基地の壁にスプレー缶で落書きする場面は爽快だ。まるでウルトラマンのように彼は書き加えた。〈Shuwatch(シュワッチ)!〉
記憶の継承が求められている今、最新かつ最良の沖縄文学といえるだろう。
あわせて読みたい!
『月ぬ走いや、馬ぬ走い』
豊永浩平
講談社 ¥1,650
現代の日米ミックスの少年、死んだ日本兵の幽霊、恋バナを語る女子高生など、14人の語り手による14の文体を駆使して、沖縄80年の歴史をあぶり出す。表題は「光陰矢のごとし」と同じ意味の沖縄の諺に由来。’24年の群像新人文学賞と野間文芸新人賞をダブル受賞した豊永のデビュー作。
『バガージマヌパナス わが島のはなし』
池上永一
角川文庫 ¥902
仲宗根綾乃は19歳。進学も就職もせず、86歳の親友オージャーガンマーと島でだらだら暮らしていたが、夢に出てきた神さまに霊能力を買われ、ユタ(巫女)になれと脅迫された。今や沖縄文学の重要な書き手となった作者による、’94年に日本ファンタジーノベル大賞を受賞したデビュー作。
文芸評論家・斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『出世と恋愛』『あなたの代わりに読みました』『ラスト1行でわかる名作300選』ほか著書多数。近著に『絶望はしてません ポスト安倍時代を読む』(筑摩書房)。
photography:Maho Kurakata ※エクラ2026年6月号掲載