【次の世代のためにできること】坂東眞理子さん「誰かの幸せを願う気持ちは人として成熟した証しです」

50代、人生後半戦に入りつつある今、ちょっとだけ見える景色が違ってきた。そんな人も多いのでは? 次に続く人たち、社会のために、一歩を踏み出している、昭和女子大学総長の坂東眞理子さんに話を聞いた。
坂東眞理子さん

人や社会に貢献できたとき、自分自身が救われる

仕事をこなし、子供を育て、家庭を回して、繰り返す日常の中で、不意にわき上がる「誰かのために」という思い。40代、50代での、こうした“貢献への芽生え”について、昭和女子大学総長の坂東眞理子さんは、「ごく自然なこと」と話す。

「私自身を振り返ってもそうですが、若いころは仕事もプライベートも、自分のことで精一杯。でも、それでいいのです。年齢と経験を重ね、苦しさや痛みを知ったからこそ、ふっと余裕ができたとき『何かしたい』『助けたい』という思いがわき上がるのでしょう。つまり、自分や家族以外の幸せを願う心は、成熟の証しでもあるのです」

年を重ねてなお、自分の利益や発展だけに重きを置く人生は、どこかむなしくなるのかもしれない。人のため、社会のために貢献できたとき、ほかでもない自分自身が救われ、大きな喜びを得られると、坂東さんはいう。

「かつてアメリカの心理学者・マズローは、人間の欲求は5段階あり、一番幸せを感じるのは、自己実現を果たしたときと唱えました。しかし近年の心理学では、自己実現以上に幸せを感じ、満足をもたらすのは、他者から感謝されたときとする説が有力です。やっぱり人は、誰かの役に立てることがなによりうれしいのです。自信をなくしてどん底にいるときでも、人や社会を少しでも支えることができたなら、『私も捨てたもんじゃない』と自分を見限らないでしょう。人とのかかわりの中で自己効力感を得る。これは自己実現より、人間としての根っこを太く強くしてくれる大切なことではないでしょうか」

与援力、求援力、受援力がつながりを取り戻すカギ

多様性が浸透し、一人ひとりの力が重視される「個の時代」になった。小さなつまずきが盛大に叩かれ、さまざまな場面で自己責任論が強調される風潮も続いている。

「すべて完璧にできて、困り事がないのならいいけれど、そんな人はいません。得意、不得意があり、調子の波だってある。すべての人が日々デコボコなんです。欠点の多い人類は本来、支え合い、助け合って生き延びてきました。それなのに今は、個を尊重するとうたい、なんでも個人の問題に帰結させて突き放すことも多い。孤立する人が増え、どんどん寂しい社会になっていると感じます」

孤立を減らし、希薄になりつつある人と人のつながりを取り戻すカギとなるものは何か。坂東さんいわく、それは「与援力」。困っている人や身近な社会問題を見すごさず、〝ちょっと〟手助けする力をさす。

「根本的に救済しようとしなくていいのです。時間やお金、知識や情報、人脈など、もっているものを少しさしだすイメージですね。自分にできることなんて何もないと謙遜するかたがいますが、エクラ世代の女性がこれまで仕事や家庭で培ってきた力は、ほかの人から見たら特別だったりする。役立てられる場面は多いはずです」

そして子供や若い世代に対しては「時に、おせっかいを焼くことも大人の役割」と、力をこめる。

「『大丈夫?』『困っていたらいってね』そんな声かけひとつが救いになることは、実際多いと思います。例えば昨今、社会問題となっている闇バイト。知らず知らずのうちに犯罪に加担してしまう若者のまわりに、相談できる大人がひとりでもいたら……。そう思わずにいられません」

与援力と対(つい)をなすのが、「求援力と受援力」。文字どおり、必要なときに助けを求めて、助けを受ける力のことだが、与援力よりこちらのほうが、身につけるのはむずかしいかもしれない。

私たち日本人には「人に迷惑をかけてはいけない」という意識が刷り込まれているからだ。年々、「迷惑を悪」とする傾向が強まり、助けを求めにくくなっている、と坂東さんは指摘する。「もちろん傍若無人にふるまうのはもってのほかですが、誰もが人に迷惑をかけ、助けられて生きていることを、改めて皆が認識するべきです。精一杯やって力が及ばないときは助けを求め、さしだされたものを感謝して受け取る。

もし自分が助けを求められたら、できるかぎりの力を提供する。こうした助け、助けられの関係を身近なところから構築し、ぜひ子供たちにも教えていってほしいです。このつながりこそ、人生の質を高めてくれるものだと私は思います」

40代、50代の女性が培ってきたものは誰かを救う力を十分にもっています

お世話になった人に感謝して、“恩送り”を心がける

坂東さんには、毎朝欠かさない日課がある。通勤途中に神社に寄って、お参りをするのだ。記憶を掘り起こすように、これまでお世話になったたくさんの人たちを思い出し、心の中で感謝を伝えているという。

「きっと皆さんもそうではないかと思いますが、多くの人に支えられて今があるのに、ふだんはそれを忘れているんです。それでいて、自分がしてあげたことはしっかり覚えていたりする。人間って本当に勝手ね(笑)。たまには、お世話になった人のことを思い出してみてください。自分がいかに恵まれていたか、幸運だったか、身にしみて感じることができ、励まされます。身近な人には、まめに直接感謝を伝えることを心がけてください。その人のパワーになりますから」

坂東さんが折に触れて思い出すのは、ハーバード大学に留学していた30代のころ、現地で出会った女性、メアリーさんのこと。70代だったという彼女は、休日に坂東さんを車であちこちへ連れ出して気晴らしさせてくれたり、英語で書いたレポートをチェックしてくれたり、いろいろなかたちでこまやかに応援してくれたのだそう。

「メアリーはいつも『好きでやっているの。お礼はいらないわ』といって、私を気にかけてくれました。そして別れぎわ、『あなたも将来、自分ができることを、必要としている人のためにやってあげてほしい』と。この言葉は私の中に刻まれています」

ささやかな利他を重ねて希望をもてる社会へ

誰かのために行動することで、自分が励まされる。そして善意に支えられた経験は、喜びをもたらして次の善意へ連鎖していく──。そんな幸せの循環が見えてくる。貢献や利他について、坂東さんはこんなことも話す。

「誰かのためにという心は、『自分を犠牲にして人につくす』ととらえられることも多いですが、それができるのは、マザー・テレサや宗教家のような一部の特別な人だけ。私たち凡人は、そこまでできません。もし、子育てや介護などでも、与えるばかりで苦しい現実があるとしたら、それは『こうしなければ』という思い込み、つまりエゴかもしれません。状況を俯瞰してみてほしい。自分と相手が互いに幸せになる道が見えてくる気がします」

突き詰めれば、利他は、自分中心の視点から離れることなのかもしれない。そこから他者の気持ちや境遇に心を寄せることが、貢献の一歩になる。

「できる範囲でいいのです。余裕がなければ、知恵や力を蓄える時期と考えてもいい。そしてしかるべきタイミングがきたら、私を助けてくれたメアリーのように『好きだからやっているのよ』と軽やかに行動できたら理想ですね。ひとりのマザー・テレサより、ささやかな利他を実践する100人がいたほうが、希望がもてる社会になっていくのではないかしら」

利他とは、自分を犠牲にすることではなく、他者とともに幸せになること

『与える人』(三笠書房)
昭和女子大学総長 坂東眞理子さん

昭和女子大学総長 坂東眞理子さん

ばんどう まりこ●’46年、富山県生まれ。東京大学を卒業後、総理府(現内閣府)に入省し、内閣広報室参事官などを歴任。女性の社会進出や男女共同参画の推進に貢献した。大ベストセラーとなった『女性の品格』をはじめ、大切にしたい人生のヒントがつまった『与える人』(三笠書房)など著書多数。

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