アラフィー世代から共感!女性作家の「社会小説」が心に響く

なぜ私の家族は、私の会社はこうなんだろう……。あなたを悩ませている問題は、本当に個人レベルのものだろうか。背後にある社会の仕組みや矛盾が大きく関係しているのでは? 細部までリアルで大きな共感を呼んでいる最近の女性作家の社会小説は、あなたの視野を広げて考えを深めてくれるに違いない。

 

 
①作家・桐野夏生さんインタビュー“女と社会”にこだわる理由

社会への問いをはらんだ小説を書いてきた作家・桐野夏生さん。最新作で取り上げたのは女性の貧困と生殖医療。その理由と女性のこれからについてじっくりうかがった。
桐野夏生

桐野夏生

きりの なつお◦’51年、金沢市生まれ。’93年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞、’99年『柔らかな頰』で直木賞、’10年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、’11年同作で読売文学賞を受賞。ほかにも著書多数。

国内では認められていない代理母出産が現実に!?

コロナ禍の今、弱者がますます追いつめられていることが問題視されているが、桐野夏生さんが最新作『燕は戻ってこない』で軸にしたのも女性の貧困。それゆえ代理母を引き受けた主人公を通して格差や倫理を超えるものを描き、「あなたならどうする?」と迫ってくる。

「この四、五十年、私はずっと女としての生き方を考えてきました。そんな中で特に変化を感じたのが生殖医療。子供を産む・産まないという選択だけでなく、産めない人が子供をもつことや、男でも女でも他人の生殖にかかわることがありえるようになりました。だったら貧困から抜け出せない日本の女性が卵子を提供したり、代理母になったりする可能性もあるなと思ったんです。ただ生殖医療の研究者の話によると、ボランティア精神から卵子を提供したアメリカの女性が不妊症になった例もあるのだとか。そんなに危険なのに卵子提供や代理母は許されるのか、搾取じゃないのか、ビジネスとして換算できるのか。いろいろな疑問がわき上がってきて、小説で問題提起できればと思いました」
作家・桐野夏生さんインタビュー
本作の主人公は大石理紀(リキ)。北海道の小さな町で生まれ育ち、介護ホームに勤めて200万円ためて上京したものの、資格もコネもない短大卒の彼女に就けるのは非正規の職で、貯金もゼロ。男運もなく、30歳を前に将来への不安が募ったリキは、友人に「エッグドナー(卵子提供)のバイトをしてみないか」と誘われて生殖医療専門クリニックを訪れる。すると報酬が多い代理母を提案され……。

「リキみたいに生活が苦しい女の人はいっぱいいると思います。東京でひとり暮らしという点は同じでも、実家が東京にある人と地方から出てきた人とでは厳しさが違う。生まれる場所を選べないのに、それによって有利・不利が決まるなんてすごくアンフェアです。最近親ガチャという言葉をよく聞きますが、地域ガチャもありえますよね」

何もかもランクづけしていいのが資本主義の世の中なのか

そんなリキに代理母を依頼するのが、草桶基・悠子夫妻。基はかつて女性に絶大な人気があったバレエダンサーで43歳。イラストレーターの悠子は44歳。悠子は初婚だが基は再婚で妊活開始が遅かったため、悠子の体は妊娠が困難に。子供をあきらめきれない基が言いだし、危惧を感じながらも悠子も承知したのが代理母という方法だったのだ。

「リキが中心の話ですが、なぜ草桶夫婦がそこまで自分本位になれるのかについてもずいぶん考えました。職業を継がせたい、財産を直系の子孫に残したい、子供がいないと夫婦の不全感をぬぐえない、遺伝子の優秀さを子供で確認したい……いろいろな理由があるからこそ不妊治療をする人が多いのだろうし、どの理由も非難しきれないと思いましたね」

物語はリキが迷ったあげく代理母になることを承知し、妊娠がわかったあたりから意外な展開を見せる。子供という存在を実感した3人の変化にさまざまな意見が飛び交うであろう小説だが、桐野さんが今回特に感じたのは、原稿を見直すたびに変更個所が生じるほど速い生殖医療の進歩。そしてそこから生まれる、人間の果てしない願望だった。

「基は卵子を値踏みして悠子に非難されますが、彼は“この資本主義の世の中は、すべてランクづけされるのが宿命じゃないか。(中略)食べログ見てみ”と言い返す。もちろん生殖に格づけを応用するのは差別ですが、実際はすでにそうなっている。卵子でも精子でも、高学歴の人や容姿がすぐれた人のものは高値で取り引きされている。精子の動きを見比べて選ぶ女の人もいるそうです。現実はもう倫理とは違うところにいっちゃっている…それを知って、人間って本当に露骨でおそろしいと思いましたね」

女の人が感じる楽しさとつらさその落差を書きたい

「最初にあるのはたぶん怒りですね。問題提起したくなるのはそのあとで、“なんで!?”という感情が先にくるんです。人間はしょせん死んでいく動物だから、根源的に死へのおそれや苦しみを背負っている。小説はそれを書くものだと思っているので、負の感情が力になるのでしょうね。最近の女の人を見ていると、生き方が多岐にわたっているし、どんどん変わってきている。おもしろい時代だと思いますが、相変わらず男性のほうが優遇されていて、女が満ち足りて楽しく生きるなんてなかなかできないのが現実です。だから私はこのおもしろい時代の、女の人の楽しいこととつらいことの落差を書きたい。女性作家にとっては引っかかることがたくさんあるんです」

作家・桐野夏生さん

「書く原動力は、いつだって“怒り”。この社会の根源的な女性の苦しみを描き、救いたい」

そのひとつとして桐野さんがあげたのが、以前フランスでのシンポジウムに参加した際のできごと。「日本では同じ仕事でも女性は男性より給料が低い」とフランスの女性作家に話したところ、「なぜ文句をいわないの?」と返された。産業や社会の構造で女性が不利益を被るようにできている、といくら説明してもわかってもらえなかった。

「話が通じないくらい他国とは乖離しているんだと思い、むなしくなりました。日本では会社の業績が下がったとき首を切られやすいのは非正規の女性。そういう現実が構造的なアンフェアを表しています。ただ、むなしさばかり感じていないで、“ここから変えていく!”と考えなければどうしようもない。一方で最近気になっているのは、女が被害者意識をどう客観化できるかということです。自分や相手の状況を客観視して問題共有できればいいけれど、それって簡単なことではない。女が男を嫌悪したり侮蔑する、ソジニー(※注)の逆のミサンドリー(※注)もありうる。男はミソジニー、女はミサンドリーで、互いに憎み合ってもしかたがない。本当にむずかしいけれど、これからの課題として考えていきたいですね」

※注 ミソジニーとは、女性に対する嫌悪や蔑視のこと。ミサンドリーとは、男性に対する嫌悪や蔑視のこと。

桐野夏生さんの最新作

『燕は戻ってこない』

『燕は戻ってこない』

桐野夏生 集英社 ¥2,090

派遣で病院事務をしているリキは、お金がなくてみじめな毎日から解放されたいと、多額の報酬がもらえる代理母を引き受ける。慎重に生きてきた孤独なリキの迷いながらの選択について考えさせられる長編小説。

 
②桐野夏生さんが書いてきた「社会小説」

あのニュース、あの事件。桐野さんの過去作を読むと時代が訴えてくるものが見え、改めて考えるきっかけに。

<1993>

『顔に降りかかる雨』 講談社文庫 ¥946

『顔に降りかかる雨』

講談社文庫 ¥946

親友のライター・燿子が不倫相手・成瀬の金を持って失踪。主人公ミロは成瀬と燿子の行方を追う。壁崩壊後のベルリンとバブル崩壊期の東京がリンクする江戸川乱歩賞受賞作。

<1997>

『OUT』 講談社文庫  上巻¥734 下巻¥681

『OUT』

講談社文庫 

上巻¥734 下巻¥681
深夜の弁当工場で過酷な労働をする主婦たちが主人公。ひとりが夫殺しを告白し、みんなで死体を始末するが……。鬱屈(うっくつ)した日常から逸脱する主婦たちを描き反響を呼んだ、日本推理作家協会賞受賞作。

<2003>

『グロテスク』 文春文庫  上巻¥759 下巻¥792

『グロテスク』

文春文庫

上巻¥759 下巻¥792

昼は大企業の総合職、夜は売春婦をしていた和恵が殺された。彼女の名門女子高時代に何があったのか? 東電OL事件を基に女性の階級社会を描いた泉鏡花文学賞受賞作。

<2016>

『バラカ』 集英社文庫  上巻¥792 下巻¥858

『バラカ』

集英社文庫

上巻¥792 下巻¥858

人身売買市場を通して日本人女性の養子にされた少女・バラカはなぜ被災地でボランティアに保護されたのか。バラカの数奇な運命を軸に放射能に汚染された日本を描いた大作。

<2018>

『路上のX』 朝日文庫 ¥880

『路上のX』

朝日文庫 ¥880

高1の真由は両親が夜逃げしたため叔父宅に行くが折り合いが悪く、渋谷をさまよう。窮地に陥った彼女はJKビジネスに近づいていくが…。少女たちの過酷すぎる現実を描く。

<2020>

『日没』 岩波書店 ¥1,980

『日没』

岩波書店 ¥1,980

小説家・マッツ夢井に政府組織から召喚状が届き、出頭先に向かった彼女は療養所に収容されるが、そこで所長にいわれたことは。表現の自由をめぐる戦いがリアルな近未来小説。

<2021>

『砂に埋もれる犬』 朝日新聞出版 ¥2,200

『砂に埋もれる犬』

朝日新聞出版 ¥2,200

母親からネグレクトされて小学校に通わせてもらえず、食事にも事欠く優真。手をさしのべるコンビニ店長が現れるが……。思春期の少年を立ち直らせるむずかしさを痛感。

桐野さんが注目する女性作家の“社会小説”はこの2作

桐野さんが注目する 女性作家の"社会小説"はこの2 作

(右)『アンソーシャル ディスタンス』金原ひとみ 新潮社 ¥1,870

(左)『コンビニ人間』村田沙耶香 文春文庫 ¥660

「金原ひとみさんの『アンソーシャル ディスタンス』はセックス描写がものすごくおもしろくて、書くのをためらっていない。二の足を踏まない勇気を感じるし、とがった感性がいいなと思います。村田沙耶香さんも好きですね。“登場人物がぶっ飛んでいる”とよくいわれますが、芥川賞受賞作の『コンビニ人間』は社会に過剰適応する女性の話です。コミュニケーションもルーティン化している社会での生きづらさをうまく描いていると思います」

 
③女性作家による「社会小説」注目作

林芙美子、有吉佐和子など、振り返ってみれば女性作家はいつも社会問題を身近な物語にしてきた。最近の女性作家の小説にも、現実を見据えた力作が目白押し!

コロナ格差問題

『あなたに安全な人』木村紅美

『あなたに安全な人』木村紅美

河出書房新社 ¥1,837

コロナ感染への恐怖が孤独なヨソ者を追いつめる

元教師の妙は、真偽とりまぜたうわさ話が娯楽のひとつみたいな町で、教え子をいじめ自殺に追いやったかもとおびえつつ、ひとりで暮らしていた。ある日困り事が生じた妙は、便利屋の忍に仕事を依頼するが、実は彼も沖縄でデモの警備中に参加者を死なせたかもしれない男。東京からの移住者が謎の死を遂げ、新型肺炎感染者第一号の恐怖がはびこる町で、孤独な妙と忍は一定の距離を保った不思議な同居生活を始める。コロナへの恐怖が残酷なまでに人を排他的にしていること。弱者をますます追いつめていること。さまざまな真実に静かに気づかされる小説。

生殖医療問題

『生を祝う』李琴峰

『生を祝う』李琴峰

朝日新聞出版 ¥1,760

医療の進歩と人生の選択、どう歩調を合わせるべき?

舞台は近未来。そこでは遺伝や環境などを基にした生存難易度が胎児に伝えられ、合意を得なければ出産できない制度ができていた。それに反対する自然出生主義者も存在したが、過激化して警察に目をつけられるように。同性婚のパートナー・佳織との間に人工妊娠手術で子を宿した主人公・彩華も制度に従うつもりだったが、おなかが大きくなるにつれ迷いや不安が生じてくる。10カ月かけて育てた子供に無事生まれてほしいと願うのは当然では? 人が医療の進歩に振り回されていいの?さまざまな疑問が頭を渦まき、子供をもつことを一から考えたくなる。

入管・難民問題

『やさしい猫』中島京子

『やさしい猫』中島京子

中央公論新社 ¥2,090

入管で亡くなったスリランカ人女性の事件を想起させる!

保育士のシングルマザー・ミユキさんが震災ボランティアで出会ったのは、8歳下のスリランカ人で自動車整備士のクマさん。偶然の再会をきっかけに恋に落ちたふたりは、ミユキさんの病気を経て結婚。ところが不手ぎわでクマさんのビザの更新ができず、不法残留といわれた彼は入国管理局に収容される。複雑な入管問題がテーマだが、語り手がミユキさんの娘で女子高生のマヤちゃんなのでわかりやすく、時にユーモラス。“入管職員の裁量で収容が決まるのはなぜ? 私たちは家族で暮らしたいだけ”という彼女の思いがストレートに伝わってくる。

若者の働き方問題

『夜が明ける』西 加奈子

『夜が明ける』西 加奈子

新潮社 ¥2,035

エクラ世代の子供たちが直面するブラックな労働

15歳のとき高校で出会った「俺」とアキ。普通の家庭で育った「俺」とは違い、アキは母親からネグレクトされていたうえ吃音(きつおん)だったが、互いをかけがえのない存在と感じ、同級生ともども楽しい学校生活を送っていた。しかし父親が突然亡くなったことで「俺」の生活は一変。働きながら大学に進み、ブラックなテレビ制作会社に就職することに。一方アキは劇団に所属して役者になるが、それだけでは食べていけず……。「俺」もアキも希望していた道に進んだのに、待っていたのは理不尽すぎる現実。33歳になった彼らがそこから踏み出した一歩を、涙をこらえて見守りたくなる。

看護師の過重労働問題

『ヴァイタル・サイン』南 杏子

『ヴァイタル・サイン』南 杏子

小学館 ¥1,760

看護師が職場で起こした事件、背景にはこんな現実が?

ヴァイタル・サインとは人間が生きていることを示す指標のこと。高齢の患者が多い病院で看護師として働く素野子は31歳。シフトが過酷なうえ、患者やその家族から感謝より非難の言葉を多く受ける毎日だったが、恋人とつかの間会うことで気持ちを維持していた。しかし同僚の退職でさらに勤務時間が増加、トラブルも続出して心身を追いつめられ……。過去に看護師が点滴を操作するなどして事件を起こしたことがあったが、背後にはこんな労働の現実があったのでは?と考えてしまう。親が入院したときの心得としても読んでおきたい。

児童虐待問題

『朔(さく)が満ちる』窪 美澄

『朔(さく)が満ちる』窪 美澄

朝日新聞出版 ¥1,870

家庭内暴力で受けた傷はどうやったら消えるのか

酒を飲むと家族に暴力をふるう父。自分や子供たちが傷を負っても、周囲に事実を隠そうとする母。地獄のような生活を送っていた13歳の史也はある日限界に達し、斧で父に殴りかかる。時は流れてカメラマンになった史也は、看護師の梓と出会い、彼女の複雑な生い立ちを知ることに。心に傷を負ったまま大人になったふたりそれぞれに、過去と決着をつける機会が訪れるが……。両親の本当の関係を知った史也はそれだけで納得し、立ち直れるのか? 子供の再生には時間と周囲の理解が必要なことがわかり、親の責任を痛感させられる。

 
④アラフィー世代必読の過去の名作

なぜ私の家族は、私の会社はこうなんだろう……。あなたを悩ませている問題は、本当に個人レベルのものだろうか。背後にある社会の仕組みや矛盾が大きく関係しているのでは? 人気女性作家の社会小説は、あなたの視野を広げて考えを深めてくれるに違いない。アラフィー世代必読の過去の名作6選をご紹介。

ネグレクト

『つみびと』山田詠美

『つみびと』山田詠美

中公文庫 ¥792

大阪の2児放置死事件を基にした小説。子供たちの死の原因は母親だけにあったのか。彼女も受難者では? 痛ましい事件に真正面から向き合い、社会や大人の責任を問うている。

パンデミック

『夏の災厄』篠田節子

『夏の災厄』篠田節子

角川文庫 ¥924

「コロナを予言!?」と話題になった本。郊外の町で日本脳炎のような症状の住民が続出。保健センターの職員が対応に追われるが……。非常時に明らかになる行政の暗部が不気味。

少年非行

少年非行

『あしたの君へ』柚月裕子

文春文庫 ¥704

主人公は家庭裁判所調査官補で研修中の大地。彼が向き合ったのは窃盗の少女などだったが、全員簡単には心を開かない。身近な問題の本当の解決策に迫るヒューマンストーリー。

裁判員制度

『坂の途中の家』角田光代

『坂の途中の家』角田光代

朝日文庫 ¥792

刑事裁判の補充裁判員になった里沙子は、子供を殺した母親の証言を聞くうちに彼女とわが身を重ねはじめる。自分に圧力を加えていたものに気づく女性を描いたサスペンス。

政治運営

『永田町小町バトル』 西條奈加  実業之日本社文庫 ¥902 『永田町小町バトル』西條奈加

『永田町小町バトル』西條奈加

実業之日本社文庫 ¥902

行動力を買われて国会議員になったキャバ嬢のシングルマザー・小町が女性に不利な現状を打破しようと奔走する。時代小説で直木賞を受賞した著者が描く現代ものは痛快!

学歴格差

『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ

『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ

文春文庫 ¥957

女子大生・美咲は東大生による集団わいせつ事件の被害者? 彼らをダメにした勘違い女? 世間から誹謗中傷を受ける美咲を通して、格差意識をあぶり出した問題作。

 
⑤“女の人生”生きるヒントが詰まった社会小説

子育てや介護など女の人生と切り離せないできごとを描いた小説は、社会を写し出す鏡。読めば悩みへのヒントが見えてきそう!

医療

『夜明けのすべて』 瀬尾まいこ

『夜明けのすべて』 瀬尾まいこ

水鈴社 ¥1,650

若くして思いがけず病気になってしまったら……

本屋大賞受賞作『そして、バトンは渡された』で話題になった著者の“人生の応援歌”。美紗は高校時代からPMS(月経前症候群)に悩まされている28歳。イライラや薬の副作用による眠けがひどくなり大卒後に入った職場をやめたが、今は体と折り合いをつけながら小さな会社で働いている。ある日美紗は転職してきた山添君にPMSの影響で当たってしまうが、彼もパニック障害だと知り……。厳しい現実に直面した若い男女が、自分より相手を助けることに懸命になっていく姿に感動! 弱っている人への向き合い方を優しく示唆しているような一冊。

教育

『翼の翼』朝比奈あすか

『翼の翼』朝比奈あすか

光文社 ¥1,760

過熱する中学受験熱、本当に大切なことは何?

自分でも子供でも、中学受験を経験した人なら胸がざわつくこと必至の小説。主人公は専業主婦の円佳。ひとり息子の小学2年生・翼に興味本位で進学塾の全国テストを受けさせ、好成績だったことから中学受験への道をスタート。翼の成績は難関校をねらえるほど上がるが、テストの成績で決まるクラス分けや同級生ママたちとの葛藤、義母の干渉、自身のプライドなどがからみ合い、しだいに円佳は平常心を失っていく。物語がすさまじさを増すのは、単身赴任から帰国した夫が受験熱を上げる後半以降。受験は何のため、そして誰のためと真剣に考えさせられる。

いじめ

『小説8050』林真理子

『小説8050』林真理子

新潮社 ¥1,980

引きこもりの子への対応、母は甘くなりがちだけど

都内で歯科医院を営む大澤は完璧な人生を送っているように見えたが、7年間引きこもり中の長男・翔太が悩みの種で、妻の甘い対応にも不満をもっていた。長女の結婚問題が浮上して外部に解決策を依頼するもうまくいかず、追いつめられた大澤夫妻。そこで初めて翔太の引きこもりの原因となったいじめ事件と向き合い、大澤は裁判を決意する。絶望のどん底から希望の光を見出したかと思ったらまた絶望と、最初から最後まで地獄を上下しているようなスリリングな展開。深い傷を負いながらも未来へ向かう大澤家の人々には、現実を超えていこうとする力が。

性差

『我が友、スミス』石田夏穂 

『我が友、スミス』石田夏穂 

集英社 ¥1,540

“お年ごろ”に違和感、男でも女でもない生き物に!?

芥川賞候補になった話題作。会社員・U野はジムのトレーナーO島からボディ・ビル大会への出場をすすめられ、本格的な筋トレと食事の管理を始める。大会のプロたちはU野にさまざまな助言をするが、彼女にとってそれは初耳の連続。太い血管は映える、でっかいピアスとハイヒールは必須、髪を伸ばし笑顔で優美なポーズを、など。そんなときU野は久しぶりに家族と会うが、母に体つきを非難され……。男でも女でもない別の生き物になりたくてトレーニングに励んだのに、結局周囲から女性らしさを求められる主人公に思わず同情したくなる。

貧困

『一橋桐子(76)の犯罪日記』原田ひ香 

『一橋桐子(76)の犯罪日記』原田ひ香 

徳間書店 ¥1,815

孤独死は迷惑だから刑務所に入りたい!?

両親の介護のため仕事をやめ、ふたりの死後は清掃のパートを続けてきた桐子は76歳で独身。親友・トモと楽しく暮らしていこうと思っていたのに、トモがあっさりと病死。貯金もなく心細くなった桐子は孤独死して人に迷惑をかけてはいけないと思いつめるが、そんなときテレビで高齢の受刑者が介護されている光景を目撃。以来桐子は長く刑務所にいられる犯罪を真剣に考えはじめ……。桐子の性格のよさが人の輪を広げ、その恩恵が彼女自身に返ってくるおとぎ話のような連作短編集だが、貧しさからくる桐子の将来への不安は決して他人事ではない。

老後

『ミシンと金魚』永井みみ

『ミシンと金魚』永井みみ

集英社 ¥1,540

認知症の女性が振り返る人生の光と影

日帰り介護などを受けながらひとりで暮らしているカケイは、認知症の老女。病院からの帰り道、付き添いの女性に「今までの人生をふり返って、しあわせでしたか?」とたずねられたカケイは、過去の記憶をたどりはじめる。カケイを産むとすぐに亡くなった実母と毎日薪で殴ってきた継母のこと。息子を産むと間もなく姿を消した夫のこと。夫の連れ子と息子の3人で暮らすために、毎日ミシンを踏み続けたこと。ある男に孕(はら)まされて娘を産むが、その先には悲劇が待っていたこと。カケイの波乱万丈の生涯を独特の語りで描いてせつない、すばる文学賞受賞作。

 
⑥ジェンダー問題を“近未来”で考える社会小説

最近、気鋭の女性作家たちが近未来を舞台にした小説を次々に発表。ジェンダーにまつわる問題の進展をどう想像したのか、興味津々!
『持続可能な魂の利用』  松田青子 

『持続可能な魂の利用』

松田青子 

中央公論新社 ¥1,650

男社会の圧力に追いつめられた30代の敬子はある賭けに挑む決意をする。この国から「おじさん」が消えるという奇想天外な発想で、日本の将来を考えた一冊。

『徴産制』  田中兆子 

『徴産制』

田中兆子 

新潮文庫 ¥737

疫病で若い女性人口が激減、18歳から30歳の男性に性転換が課され出産が奨励された日本で5人の男性が選んだ道は? 逆転の発想で女性の現実が浮き彫りに。
『消滅世界』  村田沙耶香 

『消滅世界』

村田沙耶香 

河出文庫 ¥693

人工授精で子供が生まれ、夫婦間のセックスは近親相姦とされる世界で家族や愛はどうなる? 恐ろしくも真剣な問いを突きつける村田ワールド全開の小説。
『肉体のジェンダーを笑うな』  山崎ナオコーラ 

『肉体のジェンダーを笑うな』

山崎ナオコーラ 

集英社 ¥1,760

治療で父乳が出るようになったら? ロボット技術で女性が男性同様の力をもつようになったら? 性差が減った近未来を舞台に男女のありようを模索した小説集。
『あなたにオススメの』  本谷有希子 

『あなたにオススメの』

本谷有希子 

講談社 ¥1,870

2作のうち「推子のデフォルト」の主人公は、子供を等質にするためのメソッドで人気の保育園に娘を通わせている女性。個性とは、幸せとは?と考えたくなる。
  • エッセー集『ぜんぶ 愛。』につづられた思いとは?安藤桃子さんインタビュー

    エッセー集『ぜんぶ 愛。』につづられた思いとは?安藤桃子さんインタビュー

    父・奥田瑛二からは個性的すぎる教育を、母・安藤和津からはたっぷりの愛情を受けて育ち、現在映画監督として活躍する安藤桃子さん。エッセー集『ぜんぶ 愛。』には“著名人の娘”という目で見られて悩んでいた彼女が映画の世界に飛び込んだ経緯、そして結婚・出産・離婚を経験した移住先の高知で暮らしを楽しむ様子がいきいきとつづられていて、読む人の心を離さない。安藤さんのバイタリティに魅了される一冊だ。

  • アラフィー女性に読んで欲しい「2021夏の文芸エクラ大賞」

    アラフィー女性に読んで欲しい「2021夏の文芸エクラ大賞」

    読書の魅力を発信し、本を手にとる機会を増やしたい」との思いから始まった文芸エクラ大賞も今年で4回目。新型コロナ感染症の流行が続いているが、本の世界ではその影響を受けたものがさまざまなかたちで登場。一方で、現実を離れて浸れる小説や旅の気分を味わえる本も人気で、「どこへでも連れていってくれる本の可能性を再発見!」との声が高まった。自分のペースでできる読書は、身近で奥の深い楽しみ。ぜひあなたの暮らしの一部にしてほしい。

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