「私たちは熊の脂を“白身”と呼びます。この白身がうまい」と話すのは、「月鍋」を生み出した3代目・伊藤剛治さん。熊やイノシシといえばもともと、猟師たちが食すマタギ料理。それを懐石の文脈で昇華させ、食通を魅了してきた。だしにくぐらせて食す熊肉は、獣くささは皆無。さらりとした脂の甘味は深く、優しく、体にしみわたる。火を通すうちに、脂の風味をまとう根つきのセリや肉厚の春菊など、香り高い野菜もごちそう。熱源は炭火で、だしのほのかな甘味は砂糖やみりんではなく、月の輪熊が好むハチミツで。味わいの中に、野趣と自然の摂理が息づく。
静謐(せいひつ)さと洗練をあわせもつ空間は、隅々まで手入れが行き届き、気持ちまで清められるかのよう。一食を目ざし旅する価値は十分だ。