近代文壇をベースに描く女流作家の人生『共謀小説家』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

アラフィー女性に読んでほしい、文芸評論家・斎藤美奈子さんのおすすめ本。今回は、蛭田亜紗子『共謀小説家』をご紹介。作中に登場する明治の作家や作品も読みどころのひとつ。網走遊廓を舞台に大正期の男女を描いた同作家初の長編小説『凜』、葉室 麟の歴史小説『蝶のゆくへ』もあわせて読みたい。
斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『文章読本さん江』『趣味は読書。』『名作うしろ読み』『ニッポン沈没』『文庫解説ワンダーランド』『中古典のすすめ』『忖度しません』ほか著書多数。
『 共謀小説家 』 蛭田亜紗子 双葉社 ¥1,815

共謀小説家

蛭田亜紗子

双葉社 ¥1,815

師の子供を宿した冬子は、師を敬愛する弟子の春明と結婚した。妻には指一本ふれない夫。成長するに従って師に面影が似てきた息子の透。ふたりの関係は「名ばかり夫婦」に近かったが、亡き師が遺(のこ)した未完の大作『錦繡羅刹』を自らの手で完成させたいと考える夫は妻に協力を要請する。多数登場する明治の作家や作品も読みどころのひとつ。『光耀』(『青鞜』)のからませ方もうまい!

明治~大正の文壇が舞台の夫婦を描く衝撃作!

文学は現在、ジェンダー格差が最も少ない分野のひとつだろうと思う。だが昔は違った。いかに実力本位の世界でも、文壇で女性が頭角を現すのは容易なことではなかった。


蛭田亜紗子『共謀小説家』は、そんな明治〜大正の文壇を舞台にした鬼気迫る業界小説だ。


主人公の宮島冬子は愛知県の豊橋生まれ。小説家を志して17歳で上京、著名な作家・尾形柳後雄(ゆうごお)の家の女中になった。尾形家には3人の内弟子がいて、皆執筆に励んでいる。冬子も雑用をしながら作品を書き続けていたが、師に見てもらうまでにはいたらない。


ある日、冬子は尾形の書斎に来るよういわれる。〈弟子には頼めない、お前にしかできないことだ〉。師が要求してきたのは性的な奉仕だった。要求はのちにエスカレートし、冬子は妊娠してしまう。動揺する冬子を救ったのは内弟子のひとりで同じ愛知出身の九鬼春明だった。〈おれと結婚して、腹の子はおれの子として育てればいい〉。しかも彼はいったのだ。〈あなたとおれで共謀しないか〉。


なんという下劣な師、そして不可解な弟子! なんだけど、この小説には実はモデルがいる。

尾形柳後雄のモデルは明治の文壇を席巻した尾崎紅葉、九鬼春明のモデルは紅葉の弟子だった小栗風葉だ。小説に描かれた性暴力事件が本当にあったかどうかはわからない。が、風葉が小説家志望の女性(冬子のモデルになった加藤籌子(かずこ))と結婚して豊橋の素封家の婿になったのは事実。


冬子は春明と東京で所帯をもつが、結婚生活は最初から破綻していた。新居は春明の仲間たちのたまり場になり、実家で息子を出産して戻ってみると、家には冬子の知らない女中や弟子がいた。


やがて尾形が死去。敬愛する師を失った春明は生きる気力も書く気力も失い、弟子に代作させるようになる。不出来な作品が春明の名で出るのを見かねた冬子は申し出た。〈私にも書かせてください。代作を〉〈結婚するとき、あなたは言いましたね。共謀しないかと。させてください〉。


尾崎紅葉はともかく、小栗風葉は今じゃほとんど忘れられた作家である。加藤籌子はもっと無名だ。そんなふたりを素材に虚実の皮膜をいくこの小説はしかし、当時の文壇事情を跳び越えて「ええーっ!」というほどおもしろい。


特に幼い息子を抱えて東京と豊橋を行き来する冬子のしたたかさは衝撃的。30歳になった冬子は不幸なできごとを乗り越えて原稿を書き上げ、『青鞜』とおぼしき女性だけの文芸誌『光耀』に届けにいくが……。時代に乗り遅れた作家と作家になる夢を捨てなかったその妻の物語。最後に明かされる「共謀」の真の意味に、読者は驚きながらも深く納得するだろう。

 あわせて読みたい!

『 凜 』蛭田亜紗子 講談社文庫 ¥902

蛭田亜紗子

講談社文庫 ¥902

北海道のある駅で「常紋トンネル工事殉難者追悼」の碑を見つけた女子大生。そこには秘められた歴史があった。網走の遊廓で働く八重子と、トンネル工事現場で働く麟太郎。過酷な運命を生きる大正期の男女を描いた著者初の長編小説。

『 蝶のゆくへ 』 『 凜 』 葉室 麟 集英社 ¥1,870

蝶のゆくへ

葉室 麟

集英社 ¥1,870

こちらは同じ明治の文壇でも、明治女学校を舞台にした歴史小説。仙台から上京してきた星りょう(のちに中村屋を創業した相馬黒光)を視点人物に、北村透谷、島崎藤村、国木田独歩、樋口一葉ら、多彩な人物の恋模様と人間模様が描かれる。

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