大のクラシックファンで知られる美容ジャーナリストの齋藤薫さん。彼女がプライベートでしばしば訪れているという、ドイツの音楽祭。初心者からクラッシック音楽通までも魅了する、奥深いドイツ音楽祭の世界を案内してもらう。前後編の前編。
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’25年のベルリン音楽祭の様子。べルリン・フィルハーモニーの主催で、毎年8月の終わりから9月まで約20日間前後行われ、著名なアーティスト、大物指揮者が率いる世界に名だたるオーケストラを招く。写真は、美しいコンチェルトハウス・ベルリンにて。
なぜそれは、自らに魔法をかける異次元の旅となるのか?
文・齋藤 薫 (美容ジャーナリスト)
「遠くに行くことはある種の魔法。戻ってきた時、全てが変わっている」そんな格言がある。「旅とは自分の中への旅」という言葉も。観光地を時間の限り巡るのは確かに発見の連続、でも自分に魔法をかけに行く旅があっていい。未知なる自分に会いに行く旅があっていい。ならば芸術のるつぼに自ら身を投じ没入していく旅はどうだろう。とりわけ音楽はその瞬間瞬間、そこに立ち会わなければ決して得られない心の震えを生み、まさしく人に魔法をかける。だから音楽の旅は非日常の中の非日常が人を別世界に運び、日常に戻っていく自分に多くを与えてくれるのだ。ましてや祝祭の高揚感も同時に得られるのが“音楽祭”の旅。クラシック音楽の聖域ドイツは世界一音楽祭の多い国で、春から夏へ、音楽祭が目白押しの心地良い季節は、咲き誇る花々も美しい。劇場に教会、美術館とどこかしらで音楽会が行われる街ぐるみの祭典が1カ月も続くケースもあり、たとえ音楽好きでなくても旅の幸福感を享受できるはずなのだ。
音楽界の3B……バッハ、ベートーベン、ブラームスを輩出し、天才ワーグナーを生んだドイツには、やはりここかしこに音楽の魂が息づいていて、心が浄化されるドイツの端正な自然に抱かれると、なるほどだからここまで優れた音楽家を送り出せたのだと深く納得できる。例えばベートーベンが交響曲第6番を作った土地に行った時、初めてその曲が体の中に入ってきて、以来大好きな曲となった。そんなことが本当に起こり得る。何を見て何を聞いて何を感じてその曲を作ったのか、五感で感じ取れるから。音楽の生誕地を訪ねるのは極めて意味のあることなのだ。
さらに言えば子供の頃から音楽が当たり前にあるドイツの人たちの中で音楽を聴くと、文化までが浸透してくる。音楽祭の旅の嗜たしなみとして夜の演奏会やオペラにはドレスアップして行くのが基本だが、演奏時間4時間にも及ぶワーグナーの楽劇など、そんな装いも忘れて途中睡魔に襲われることもしばしば。ところが隣の席の70代?のマダムは、ゴージャスなドレスアップで背筋をピンとしたまま音楽に酔いしれていて、圧倒的な文化的エネルギーの差を見せつけられる。しかし音楽を愛し美に浸るそうした姿に触れるのも、また一つの感動。それもひっくるめて音楽に力をもらいに行く旅になるはずなのだ。だからコンサート後の食事は格別で、感動をともにした人と喜びを分かち合う時間も旅の醍醐味となる。
今や音楽による脳への効果も研究が進んでいて、単なる癒しにとどまらず脳波を安定させ、自律神経を整え、ゾクゾクするような強い感動、天にも昇るような幸福感、そして神を感じるような精神的昇華までをもたらすことがわかっている。音楽の力はまさに魔法。日常に戻った自分はきっと別のステージに進んでいるに違いないのだ。
SIME /アフロ
さいとう かおる●美容ジャーナリストの草分けにして、業界のご意見番。美容はもちろんのこと、女性に寄り添い、力づけるエッセーが、幅広い世代の支持を集めている。プライベートでは、大のクラシック好きで、ドイツの音楽祭には定期的に訪れている。ドイツ音楽の旅は10回以上、各地を訪れているが、実はバイロイト音楽祭は未体験。絶対行きたい。そして目下の推しは、指揮者ならクラウス・マケラとサイモン・ラトル、ピアニストは藤田真央とイム・ユンチャン。『年齢革命 閉経からが人生だ!』(文藝春秋)など著書多数。
※エクラ2026年5月号掲載 掲載情報は4月1日時点のものです