大阪文学のド定番。「あかんたれ」たちを描く又吉直樹の小説『生きとるわ』【斎藤美奈子のオトナの文藝部】

大阪の文学にはなぜかダメ男(大阪風にいえば「あかんたれ」)を描いた作品が多い。大阪・ミナミを舞台にした物語、又吉直樹の『生きとるわ』を紹介。芥川賞を受賞した衝撃の小説デビュー作『火花』や、大阪文学の傑作『夫婦善哉 決定版』もあわせて読みたい。この男たちを、あなたは愛することができるか。

『生きとるわ』

『 生きとるわ 』 又吉直樹 文藝春秋 ¥2,200 大阪人による大阪を舞台にした "あかんたれ" の小説 黒い表紙の本

又吉直樹
文藝春秋 ¥2,200
人を裏切ってばかりきた横井と、彼の身勝手な行動に振り回されながらも、なぜか許してしまう岡田。阪神タイガースが優勝した’23年秋の大阪・ミナミを舞台にしたダメ男たちの物語。自ら命を絶った野球部の友人、彼らが制作したゾンビ映画で学校側と対立した経緯など、岡田の心には高校時代の体験が影を落とす。ラスト近くの会話は意外に重く、生きることの困難さを考えさせる。

大阪人による大阪を舞台にした“あかんたれ”の小説

書いた人は大阪人で、物語の舞台も大阪。大阪の文学にはなぜかダメ男(大阪風にいえば「あかんたれ」)を描いた作品が多い。先駆けは織田作之助『夫婦善哉』(1940年)だろう。ダメな夫としっかり者の妻の組み合わせは、大阪文学のド定番である。

又吉直樹『生きとるわ』も、この系譜に連なる「あかんたれ」の小説だ。

舞台は阪神タイガースが18年ぶりにリーグ優勝した’23年秋の大阪。語り手の「僕」こと岡田はアラフォーの公認会計士である。岡田はその夜ミナミで、高校の同級生で「日本映画研究部」の部員仲間でもあった大倉と広瀬と会う。彼らの話題は同じ部の部員で消息不明になっている横井である。横井は知り合いに借金をしまくっており、大倉は100万、広瀬は10万、岡田にいたっては500万もの金を貸していた。

〈実はな、横井がミナミをうろついてるらしいねん〉。3人は貸した金を取り戻す算段をしていたのだが、その帰り、彼らは当の横井に遭遇する。タイガースのハッピを着て道頓堀川に飛び込んだ男、それが横井だったのだ。大倉の怒号が飛ぶ。〈おまえ仲間裏切って、借金作って、阪神の優勝祝ってる場合かこら!〉。

この横井こそ「あかんたれ1号」である。〈ほんまにみんなに謝る機会を作りたいって、ずっと思ってたんやけど、申し訳なさと恥ずかしさがあって、不可能やった〉なぞと殊勝な顔で言いわけはするものの、この男のろくでなしぶりは度を越していて、平気で嘘はつく、人はだます、問題が起きると自分だけ逃げる。その性質は高校時代も大人になってからも変わっていなかった……。

大阪の文学に「あかんたれ」が多いのは、もしかすると大阪の文化的伝統に由来するのかもしれない。上方の落語や漫才は、聖人君子より欠点だらけの人間、成功者より失敗した人を好んで描き、それを笑いに変えてきた。『生きとるわ』もまさにそれ。横井以外の一見ちゃんとしている登場人物も実はみんなあやしくて、ミナミでバーを経営する大倉はオカルトめいた陰謀論にのめり込んでいるし(あかんたれ2号)、会計士というお堅い職業についている岡田も横井に引きずられるかたちでドツボにハマっていく(あかんたれ3号)。

横井に500万円貸したことに加え、浮気までしていた岡田。貯金を住宅資金に回すつもりでいた妻に嘘がバレ、くどくどと言いわけを述べたてる岡田にウンザリした妻は言い放つ。〈そうやって、すぐに弱さに責任を押し付けるよな〉〈自分の弱さとかいうのも狡いと思うねん。ほんまに弱さなん? 図太さじゃなくて? 人間の弱い所とか言われたら許さなあかんみたいになるやん〉。

コントのようなやりとりが要所要所に登場するも、爆笑というより泣き笑いという表現が似合う長編。この男たちを、さてあなたは愛することができるか。

あわせて読みたい!

『火花』

赤い布の形をした本の表紙、タイトル「火花」と著者名「又吉直樹」が書かれている

又吉直樹 
文春文庫 ¥715
売れない芸人の徳永は、熱海の花火大会で先輩芸人の神谷と出会った。俺の伝記を書いてくれと神谷に迫られ徳永は、行動をともにするうち神谷の突飛な芸風と芸に対する真摯な姿勢に心を打たれるが……。芸術家の苦悩小説と呼びたくなる作風で、’15年の芥川賞を受賞した衝撃の小説デビュー作。

『夫婦善哉 決定版』

織田作之助 新潮文庫 ¥649 『 夫婦善哉 決定版 』 曾根崎新地のヤトナ芸者(臨時雇いの芸者)として 働く蝶子と、梅田新道の化粧品問屋の息子、柳吉は 内縁の夫婦関係にあるが、柳吉は何をやっても長続 きしない遊び人。そんな夫にヤキモキしつつ、蝶子 は結局許してしまう。大正から昭和にかけての大 阪を軽妙に描いて人気を博したオダサクの代表作。

織田作之助 
新潮文庫 ¥649
曾根崎新地のヤトナ芸者(臨時雇いの芸者)として働く蝶子と、梅田新道の化粧品問屋の息子、柳吉は内縁の夫婦関係にあるが、柳吉は何をやっても長続きしない遊び人。そんな夫にヤキモキしつつ、蝶子は結局許してしまう。大正から昭和にかけての大阪を軽妙に描いて人気を博したオダサクの代表作。

文芸評論家・斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『出世と恋愛』『あなたの代わりに読みました』『ラスト1行でわかる名作300選』ほか著書多数。近著に『絶望はしてません ポスト安倍時代を読む』(筑摩書房)。

photography:Ryosuke Harada ※エクラ2026年7・8月合併号掲載

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