【夏の文芸エクラ大賞2026】第9回大賞は窪 美澄『給水塔から見た虹は』に決定!

第9回文芸エクラ大賞を発表! この一年間に出版された本で、自身をもっておすすめする“推し本”を、エクラ書評を担当している文芸評論家とライター、担当編集者が熱く討論。第9回文芸エクラ大賞には窪 美澄『給水塔から見た虹は』が選ばれた。

第9回 文芸エクラ大賞発表!

『給水塔から見た虹は』

『給水塔から見た虹は』

窪 美澄 集英社 ¥2,090

中2の桐乃が暮らすのは郊外の古い団地。さまざまな国にルーツをもつ住民もいて、彼女の母親はスーパーで働きつつ、外国人を助ける活動に熱心。桐乃はそんな自分の環境がいやで、団地から早く出たいと思っていた。一方、桐乃のクラスメイトのベトナム人・ヒュウはいじめの標的になっているうえ、母親からはネグレクト状態。あるできごとをきっかけに距離を縮めるふたりだったが……。思春期の葛藤を社会問題とともに描いた感動作。

このリアリティは小説じゃないと書けない。外国人との共生を考える”課題図書”に!
文芸評論家 斎藤美奈子

法律が問題? 個人が問題? 悶々と考えることが大事なのかも

―書評ライター 山本圭子

技能実習生の現実など、知っていたはずの問題が痛みを伴って迫ってきた
―書評ライター 細貝さやか

ひと夏で得がたい経験をした思春期のふたり。彼らの成長を信じたい!
―編集 K野

受賞コメントをいただきました! 作家・窪 美澄さん

作家・窪 美澄さん

撮影/大槻志穂

デビュー作から数多く、団地を舞台に小説を書いてきました。今の団地は、日本の方だけでなく、いろんな国の人、いろんな状況にある人たちが暮らしています。その様を小説に書きたいと思いました。年齢を重ねると、人は居心地のいい世界に閉じこもってしまいがちです。それも悪いことだとは思いませんが、まわりの世界に目を向けるという姿勢だけは忘れたくないと思います。同じこの世界に生まれてきたのだから、できることなら手を取り合って生きていきたい。そんな想いを抱えながら生まれた作品です。読んでいただけたらうれしいです。

文芸エクラ大賞とは?

私たちは人生のさまざまなことを本から学び、本を身近な存在に感じてきた世代。エクラでは、そんな読者の皆さんに心からおすすめしたい一冊を届け、改めて読書の喜びと、本がもつ力を感じていただきたいという思いから、’18年に「文芸エクラ大賞」を創設。

選考対象は、’25年6月から’26年5月までの一年間に刊行された文芸作品であり、エクラ読者の心に切実に響き、「今こそ読んでほしい」と本音でおすすめできる本。エクラ書評班が厳選した、絶対に読んでほしい「大賞」をはじめ、ほかにも注目作や、書店の目利きによるイチ押しの本もご紹介。きっと、あなたの明日のヒントになる本が見つかるはず!

▼4人の選者(敬称略)
文芸評論家 斎藤美奈子
エクラで「オトナの文藝部」を連載中。本や新聞、雑誌などで活躍。文学や社会への鋭い批評が支持されている。

書評ライター 山本圭子
出版社勤務を経てライターに。女性誌ほかで新刊書評や著者インタビュー、対談などを手がける。

書評ライター 細貝さやか
本誌書評欄をはじめ、文芸誌の著者インタビューなどを執筆。特に海外文学やノンフィクションに精通。

書評担当編集 K野
女性誌で書評&作家インタビュー担当歴20年以上。女性誌ならではの本の企画を常に思案中。

歴史を振り返る本、現代を見つめる本に力作が

K野 昨年は戦後80年。そのせいか、この一年を振り返ると昭和史や戦争
を描いた小説が目立ちましたね。

山本 リアルさ重視のものが多いジャンルですが『デモクラシーのいろは』は女性4人が戦後民主主義のレッスンを受けるという異色のエンタメ。

斎藤 日本の民主主義は戦後タナボタ式に手に入ったものだったから、国民に浸透しにくかった。そこに着目した秀逸な設定でしたね。

細貝 どんでん返しもあり、感動もので終わらないラストが痛快です。

K野 戦争を描いた小説では『DANGER』が出色。日本のバレエ創世期の話も織り込まれて新鮮でした。

細貝 著者の村山由佳さんのお父さまがシベリア抑留経験者で、お父さまの手記を読んで執筆したのだとか。圧倒的なリアリティでした。ミステリー『百年の時効』も昭和以降の事件史がからめられてリアリティ抜群だった本。事件の解決をあきらめない刑事たちに胸が熱くなりました。

山本 現代ものでは『給水塔から見た虹は』が必読。中2のふたりの行き場のなさに心が震えました。

細貝 “外国人を排斥するつもりはないけれど身近で外国人がらみのトラブルがあるとストレスがたまる”という話をよく聞きますが、主人公の桐乃もそう。なのに彼女の母親は、娘のことが二の次になるほど外国人を助けるボランティアに熱心。桐乃が不満を抱え込むのもわかります。

斎藤 彼女と同じ団地に住むヒュウも、家族のことなどで鬱屈を抱えている。その悩みの源には、ボートピープルだった祖父の存在がある。外国人問題には長い歴史があります。「ルーツが違う人たちとの共生を一からみんなで考えようよ」という強いメッセージ性を感じますね。

K野 読み味は違うものの『#台所のあるところ』も現代を映し出した連作短編集。台所は使う人の人生そのものと思えて共感度が高いのでは。

斎藤 原田ひ香さん、うまいですよね。安定感があります。

山本 『劇場という名の星座』も珠玉の短編集。帝国劇場の雰囲気を再現していて独特の世界観に浸れます。

すき間時間でも読めるエッセーにはこんなおもしろさも

細貝 外国文学のおすすめはドイツの現役裁判官によるミステリー『暗黒の瞬間』。正当防衛や復讐など「人が一線を越えること」について鋭く問うてきて、心揺さぶられました。

K野 『国宝』が大ヒットした吉田修一さんの『タイム・アフター・タイム』は久しぶりに読んだ恋愛小説。読後感がとてもよかった。

山本 主人公ふたりの青春時代と20年後が重なるように書かれていて、人生の厚みを感じましたね。

斎藤 新人の作品ながらおもしろいと思ったのが『ギアをあげて、風を鳴らして』。主人公は10歳なのに新興宗教の教祖的存在という設定でインパクト大。一度信じると脱会しにくく、その後の精神的な解放もむずかしいのが宗教ですが、その特異な性質がよくわかりました。

細貝 同級生のもうひとりの主人公も家族の問題で悩んでいて、ふたりに芽生えた友情が個々を強くする。彼女たちなら大丈夫と思えましたね。

K野 エッセーも胸に響く作品が多かった。ジェーン・スーさんの『介護未満の父に起きたこと』は身につまされました。
 
斎藤 親本人と子供がどの段階で“ひとりでは無理”と判断してどう受け入れるか。考えさせられますね。

細貝 愉快だったのが『とんでもないサバイバルの科学』。「恐竜がいる時代にタイムトラベルしたらどう生きのびる?」などの問いに科学的に答えていて家族で読むのによさそう。

山本 ノンフィクションでは資本主義が招いた気候崩壊とその先を予測した『人新世の「黙示録」』が忘れられない。危機を感じるだけでなく「今私たちにできることは」と身近な人と話すようになりました。

K野 さて、今年の大賞作品は……。

細貝 日本は人手不足なのに外国人との共生問題は年々深刻になっている。まさに今の問題をとらえていたのは『給水塔から見た虹は』でしたね。

斎藤 むずかしい問題ですが、個人の物語にしたからこそ複雑な背景が見えてくるし、それでも生きていくことの大切さも伝わってくる。これが大賞にふさわしいのでは。

山本 私も同感です。

K野 それでは満場一致で『給水塔から見た虹は』を大賞にしましょう。今年も充実のラインナップになったと思います!

撮影/大木慎太郎 スタイリスト/洲脇佑美 取材・原文/山本圭子 ※エクラ2026年9月号掲載

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