-
作家・角田光代さんが語る、山本文緒さんの闘病記『無人島のふたり』のこと
デビューのころからの友人で、ある文学賞の選考委員を一緒に務めたこともあった角田光代さんと山本文緒さん。山本さんが遺のこした闘病記から角田さんが感じたこととは、そして改めてわかった“山本文緒”のすごさとは。
文芸評論家・斎藤美奈子さんが解説!作品から紐解く「山本文緒」という作家
多彩な味わいで読後に余韻を残す
1.短編の名手
(上から)『プラナリア』文春文庫 ¥682/『シュガーレス・ラヴ』角川文庫 ¥616/『ばにらさま』文藝春秋 ¥1,540
山本作品には短編も多いがどれも切れ味鋭い。「『プラナリア』の表題作の主人公は“ほら私、乳がんでしょ”と軽くいって恋人にたしなめられる。いちいち深刻になっていられない気持ちは従来の小説には描かれなかった感情。『シュガーレス・ラヴ』に表れているのも著者の病への少し突き放した目です」。『ばにらさま』収録の「子供おばさん」は黙って亡くなった元同級生から愛犬を託された女性の話。「山本さんが自分の死後の友人たちを想像して書いたようにも思えました」。
結婚にも恋愛にも懐疑心!?
2.“ほろ苦”な愛を描く作家
『恋愛中毒』角川文庫 ¥692/『眠れるラプンツェル』角川文庫 ¥660
『恋愛中毒』は山本文緒の評価を上げた小説。『眠れるラプンツェル』は結婚6年目の専業主婦が隣家の12歳の少年と恋に落ちる話。「『恋愛中毒』の主人公はどうしようもない男にたらしこまれるけれど、甘い恋愛感情をもっているわけではない。むしろ恋愛の不可能性を感じているよう。『眠れるラプンツェル』の専業主婦の根底にあるのは“私の人生はこれでいいのか”という焦りや寂しさ。それゆえ犯罪すれすれのことをしてしまうものの、身につまされた人が多かったのでは」
働く女性の問題を先取りしていた
3.職場の観察者
(右から)『自転しながら公転する』新潮社 ¥1,980(文庫版は¥1,045)/『パイナップルの彼方』角川文庫 ¥748/『なぎさ』角川文庫 ¥748
時代ごとに“働く普通の女性”を見つめたのが山本作品。「『自転しながら公転する』の主人公は仕事に生きがいがあるような、ないようなという中途半端さがリアル。『パイナップルの彼方』は顕在化していなかった“仕事のストレスで体調をくずす人”を描いた小説ともいえます」。カフェを開いた女性を中心に人生に迷う人々を描いたのが’13年の『なぎさ』。「主人公もブラック企業勤務の夫も仕事に展望が見えない。彼女たちの不安で寄る辺べない感じは今読んでも共感する人が多そう」
人が書けないことも冷静に書く
4.自分の“病”と向き合う作家
『無人島のふたり120日以上生きなくちゃ日記』新潮社 ¥1,650/『再婚生活 私のうつ闘病日記』角川文庫 ¥704
ほかの山本作品を未読の人からの反響も大きかったのが『無人島のふたり』。「書き飛ばそうと思えばそうできるのが日記。でもこれは山本さんの選択眼や抑制する力が感じられる。書くことが彼女の人生を支えていたと思いますが、それは緊張感を伴う体力のいる行為だったのでは」。’07年の『再婚生活』はうつ病闘病の記録。「パートナーに助けられたけれど、闘病中も別居婚を続けた山本さん。彼女の婚姻のあり方も表れた日記です。病気とお金の話を率直にしているのも山本さんらしい」。
「 ’90年代の職場と今の職場はこんなにも違う!」という驚き
「山本文緒さんは少女小説でデビューしたあと一般向けの小説に移行しましたが、その最初の作品が’92年の『パイナップルの彼方』。読み返してみたらいろいろなことに気づきました」と斎藤さん。
「山本さんは働く女性の現実をいち早く書き始めた作家。『パイナップルの彼方』で描かれる職場は彼女のOL時代の観察眼がわかるリアルさですが、だからこそ今読むと’90年代の職場の旧態依然たる様子がクリアに見えてきます。例えば主人公がやっているアシスタント業務は今や正社員の仕事ではないし、セクハラ上司もあたりまえのようにいる。でも古くさい小説ではなく“’90年代はそうだった!”と思い出させ、時代の変化を俯瞰で見る目を与えてくれるんです」
その後山本さんはいろいろな小説を発表するが、’20年の『自転しながら公転する』にいたるまで一貫したテーマが見えると斎藤さんはいう。
「普通の女性が人生の岐路に立ったときどういう選択をするか。それがずっと山本作品の柱になっています。『パイナップルの彼方』は“女は結婚して子供を産むのがあたりまえ”のころの話で、23歳短大卒の主人公はそんな世間に反発心をもっている。
’95年の『眠れるラプンツェル』には専業主婦の揺れ動く気持ちが描かれていますが、当時の女性の悩み――仕事か結婚かの2択は専業主婦でもやっていけたからだと今ならわかります。そして『自転しながら公転する』では岐路に立つ主人公は32歳。仕事や結婚だけでなく親の介護問題も表面化してますます選択に迷う姿は、時代の荒波にぶつかっているようです。
山本さんが描く女性は、いつも世間がはめようとする枠に抗おうとして悩む。しかもそれを机上の空論ではない生活感とともに書いたから、読者は“まるで私のこと”と思ったのでしょう。また恋愛や結婚を描いた小説の結末がほろ苦いのも山本作品の特徴ですが、それは山本さんがロマンチックな恋愛や結婚観に懐疑的だからでは。エンタメ小説として格好をつけるための安易なオチをつけなかったところも、読者に“実際の人生にもオチはない”と思わせ、共感を呼んだのではないでしょうか」
理性では割り切れない気持ちを果敢に書いた作家だった
山本さんは闘病記だけでなく、病がからんだ小説もたびたび書いたが、そこには病になった人のセンシティブな気持ちが表れていることが多い。また、犯罪やそれに近い行為が周囲に波紋を広げる小説も珍しくない。
「普通に生きていても、いつどんなかたちで“自分のこと”になるかわからないのが病気であり犯罪。そして病気になってしまったときの本音や犯罪意識の希薄な危なっかしい気持ちは、口に出しにくいものです。家族とも恋人とも共有しにくく、理性的ではないそんな気持ちを書くのはむずかしいはずなのに、山本さんは何度も挑んだ――山本文緒は普通の女性の生活感覚をすくい上げる作家だと思っていましたが、同時に攻める作家でもあった。エッジの効いたすごい作家だったんだなと、改めて思いました」
-
山本文緒さんの闘病記『無人島のふたり』にアラフィーからの反響の声が続々!
’21年10月、膵臓がんのため58歳という若さでこの世を去った山本文緒さん。翌年刊行された闘病記『無人島のふたり 120日以上生きなくちゃ日記』が今、熱く静かに読まれている。彼女が最期まで貫いた流儀、そしてエクラ世代に愛された理由とは。Jマダムアンケート、エクラメルマガアンケートに寄せられたコメントの一部をご紹介します。
What's New
-
【吉田鋼太郎さんインタビュー】単なる復讐劇でなく、苦悩する心優しい青年の葛藤を描く
5月7日から始まる舞台『ハムレット』の演出・上演台本を手がける吉田鋼太郎さん。本公演への思いや、私生活や役者としての今後の心構えについても語ってもらった。
ライフスタイルNEWS
2024年5月2日
-
【あの人の溺愛ねこ図鑑 第36回】料理家・たまごはんさんの愛猫、むぎ
かわいい猫たちの様子を毎月お届けする連載の36回目。今回は、料理家・たまごはんさんの愛猫・むぎが登場! 2匹目の介護や3匹目の子猫の世話で忙しく更年期もあっという間に乗り越えた! 茶トラマスターの3代目の猫。
ライフスタイルNEWS
2024年4月30日
-
【今月のおすすめ本】アメリカ発の世界的ベストセラー『化学の授業をはじめます。』など4冊
エクラ世代におすすめしたい書籍を厳選! 性別や人種などの差別に関係なく自分に価値があることを唱えた『化学の授業をはじめます。』や、サウナ大国の著者が季節ごとの楽しみ方を教えてくれる『アートで楽しむサウナぎつねのフィンランド巡り』など計4冊を紹介。
ライフスタイルNEWS
2024年4月27日
-
“島原の乱”を壮大に描いた長編小説「デウスの城」【斎藤美奈子のオトナの文藝部】
今話題の本を文芸評論家・斎藤美奈子さんがご紹介。日本史上最大規模の内戦といわれる“島原の乱”を壮大に描いた『デウスの城』ほかおすすめ本3冊。
ライフスタイルNEWS
2024年4月26日
-
【雨宮塔子 大人を刺激するパリの今】最注目の邸宅レストラン
雨宮塔子さんによる連載「大人を刺激するパリの今」。2回目のテーマは「最注目の邸宅レストラン」。レストラン『ラファイエット』を雨宮さんが訪れました。
ライフスタイルNEWS
2024年4月25日
-
-
-
-
【板谷由夏×伊藤美佐季の「ドラマを生むジュエリー」】エルメスの伝統と革新「エルメス・クルー・ドゥ・H」
ジュエリースタイリングの第一人者であるスタイリスト・伊藤美佐季さんと、女優・板谷由夏さんによる連載企画「ドラマを生むジュエリー」。今回は、エルメスから「エルメス・クルー・ドゥ・H」をご紹介。
-
ウェブエクラ編集長ブログ
ウェブエクラ編集長が50代女性におすすめのモノやコト、HOWTOをご紹介
-
1年中履ける!ヘビロテ必至スニーカー
最旬スニーカーで足もとを格上げ!
-
50代の失敗しないメイク術
年相応で今っぽいメイクをレクチャー
-
一度は泊まりたい!国内ホテル・旅館
日常を忘れて至福のときが過ごせる極上の旅へ
-
大人のユニクロ・GUコーデ
センス抜群!読者モデル 華組の着こなし
-
イヴルルド遙華の12星座占い
毎月更新の12星座占い。大注目の開運ランキングも必見!
-
大人の高見えZARAコーデ
トレンド感抜群!読者モデル 華組コーデ集
-
【2024最新】ヘアスタイル・髪型カタログ
髪のお悩み解決!若々しく見えるヘアスタイル
-
50代が今買うべきファッションアイテム
人気ファッションアイテムを厳選してご紹介
-
リュクスな旅スタイルは「ストラスブルゴ」で
とびきり華やかなリゾートスタイルで初夏から夏の旅をさらに楽しく
-
紫外線による乾燥にも!50代の頼れる美容液
進化した「SHISEIDO アルティミューン」で美肌バリアを整えて
-
エクラ公式通販の人気アイテムランキング
もう迷わない!50代が買うべき服
-
ファッションブロガー エクラ華組ブログ
今すぐ真似できる!50代から楽しむおしゃれ
-
知っておきたい「健康維持」対策
50代から増える体の不調、どう対処する?
-
着こなしが見違える!50代の骨格診断
自分らしいおしゃれを楽しめるヒントが満載
-
“マッキントッシュ ロンドン”初夏の新作
しなやかで涼しげ。大人カジュアルを品よく更新して街へ!
-
あか抜けて見える!50代に似合う「理想のミディアムヘア」
大人のかわいさとエレガントさが手に入るミディアムヘア。髪を結わいたり、下ろしたり多彩なアレンジが楽しめる人気のヘアスタイル。顔回りをすっきり見せるカットやくせ毛やうねりを生かしたスタイルにすればお手…
-
センスのいい50代は、スニーカーをどうはきこなす?【人気記事週間ランキングTOP10】
ウェブエクラ週間(2024/4/22~4/28)ランキングトップ10にランクインした人気記事をピックアップ季節を問わず大活躍するスニーカー。おしゃれな50代の「スニーカーで外す」きれいめカジュアルコーデを紹介。
-
大好きな白のティアードワンピース。アラフィフの私はこんな着方で楽しんでます
ティアードは年を重ねても大好きなアイテム。光沢感のあるものを選べば高見えしレイヤード次第でスタイルアップ
-
50代に人気の「好印象ボブヘア」をつくるポイントとは?【50代髪型人気ランキングTOP10】
ウェブエクラ週間(2024/4/22~4/28)ランキングトップ10にランクインしたヘアスタイル人気記事をピックアップ。春夏に向けて爽やかさアップする「ボブヘア」に挑戦!
-
吉祥寺♡緑に囲まれた癒しのリストランテ
「住んでみたい街」に選ばれる人気の吉祥寺。井の頭公園の緑を望む極上イタリアンで、至福のJマダムランチへ