アラフィー女性に読んでほしいおすすめ本を、文芸評論家・斎藤美奈子さんがピックアップ。今回は、2026年上半期・直木賞受賞作『けんぐゎい』とほか2冊をご紹介。
『けんぐゎい』
朝倉かすみ
光文社 ¥1,980
身体上の弱点、性暴力、望まない妊娠。理不尽な境遇に置かれ、人生をあきらめかけた姉妹が有為転変を経て生き直す物語。物語の終盤でふゆが実現させたのは、わけありの女たち、ことに妊婦が安心してすごせる理想の町、ガストホイス(オランダ語で病院の意味)だった。本書における最大の悪人というべき人物への復讐劇も含め、前半のもやもやした雰囲気が最後は一気に解消される。
人生をあきらめた姉妹が生き直す、今期の直木賞受賞作!
デビューから約20年。多様な世代の多様な物語を書いてきた朝倉かすみは、職人芸的作家である。大事件が起きるわけではないものの、静かな時間の流れの中で変化する人間関係の描き方が秀逸で、時に交じるユーモラスな表現は彼女独特のものだった。
こうした美質は健在ながら、今期直木賞に輝いた『けんぐゎい』はこれまでと少し違ったタイプの作品だ。初の時代小説であるのに加え、描かれている現実がなかなか過酷なのである。
徳川期、主人公のふゆは江戸の下町に母と妹と暮らす利発な娘で、10歳から読み書きそろばんの手習いを続けてきた。しかし彼女は将来をあきらめていた。6歳のときに患った疱瘡(ほうそう)でほぼ全身に痘痕(あばた)が残り、嫁に行くのは無理だと母にも周囲にも思われていたからだ。
一方、妹のりよは器量よしだったが、「逆上(のぼ)せ癖」があって時にカンシャクを起こすのが玉にキズ。9歳で船宿に奉公に出され下働きをしていたが、13歳になったある日、奉公先の当主の性暴力にあい、泣いて戻ってきた。
物語はこのふたりを中心に、数十年にわたる長い歳月を描いていく。
きわだった特徴は、周囲を固める人々がいわゆる善人とはほど遠い、屈折した人物だらけであることだろう。まず姉妹の母親が「毒母」ときている。
頭のいいふゆに対しては〈おつむのよさに磨きをかけてサ、どこかこういい奉公先で世話になってサ、しこたま稼いで、どうかこのおっかあを楽にさせておくれよ。分かってんだろ、おまえにはそれしかないんだからサア〉。
家に戻ってきたりよには〈旦那に手籠めにされたくらいでめそめそ泣いて帰って来るんじゃないよっていってンの。旦那のお手がつくなんて奉公にはつきものなんだ〉。それが2度3度となれば〈おまえ、たいした出世だよう〉。
うわっ、ひどっ!
だがこの母を乗り越えて、ふたりはそれぞれの人生を歩み出すのである。
手習い所の番頭となったふゆは手習い所の跡を継いだ宗三郎に夢中になり、いろいろあって宗三郎の子を流産。伝説の産科医「おこまさま」の跡を継ぎ、新しい夢に向かって走り出す。
一方のりよは船宿の主人を手玉にとって愛人関係は続けるも、出入りの男たちと遊び歩く自由を手に入れる。そして、くだんの毒母までが、若い男と所帯をもって新しい人生に踏み出すのだ。
「けんぐゎい」とは漢字で書けば「圏外」。家父長制と身分制度に縛られた時代。圏外、すなわち規格はずれの者たちが織りなす物語は、実は今日的な性と生殖の自己決定権(リプロダクティブ・ヘルス/ライツ)の問題に通じている。
りよが突然口にする〈おいらはだれも赦さない。この世のひとり残らずだ〉というひと言が象徴的だ。重い題材を飄々と描いた作者の手腕に感服する。
あわせて読みたい!
『平場の月』
朝倉かすみ
光文社文庫 ¥748
それぞれの人生を送り、50歳になった中学の同級生。親の面倒を見るため地元に戻った青砥健将(あおとけんしょう)は中学時代にふられた須藤葉子と35年ぶりに再会する。ふたりはときどき会うようになるが、やがて須藤の病が発覚、青砥は困惑するが……。’25年に映画化された’19年の山本周五郎賞受賞作。
『ゾンビ回収婦』
小砂川チト
講談社 ¥1,980
失業した「わたし」がハマったVRゲーム。ゴーグルをつけるだけで没入できる仮想空間では断続的に銃撃戦が起きており、ゲームの中のホテルに勤務する「わたし」はバラバラになったゾンビの体を掃除する仕事に就いていた。現実と幻想がない交ぜになった、今期芥川賞受賞作。
文芸評論家・斎藤美奈子
さいとう みなこ●文芸評論家。編集者を経て’94年『妊娠小説』でデビュー。その後、新聞や雑誌での文芸評論や書評などを執筆。『出世と恋愛』『あなたの代わりに読みました』『ラスト1行でわかる名作300選』ほか著書多数。近著に『絶望はしてません ポスト安倍時代を読む』(筑摩書房)。
photography:Ayumu Hayakawa ※エクラ2026年10月号掲載