集まる時間をもっと心地よく──。エクラ本誌で密着連載をしたご自宅づくり連載から早8年。間取りは大きく変えず、自分の心地よさを基準に"神は細部に宿る"を体現したような超微差にこだわった画期的なリフォームが完成した。
ディテールにこだわりぬいたゲストも心地よい住まいづくり
家の中心には、イタリアのブランド「モルテーニ」のキッチン。斜めに配置することで空間に広がりができ、開放感が生まれている。ワークトップは次世代素材である「デクトン」のベージュ系に。全体的に落ち着いたトーンになったので、アートを新しく購入
「キッチンに住むように暮らしたい」。そんな願いをかなえる住まいを完成させたのは8年前。「快適に過ごしてきましたが、70代になって気分が変わったんです。今の感性で心地よく感じる空間で暮らしたい、実際に住んでわかった使い勝手も見直したい、と」。そうして始まったのが、松田美智子さんの「人生最後のリフォーム」だった。
「70代なら、手すりをつけたり段差をなくしたりするの?と聞かれることも」と松田さんは笑う。近ごろは“終活”を意識しはじめ、仕事との付き合い方も考えるようになったという。「体調や気力を考えると、料理家として第一線で仕事を続けられるのは77歳くらいまでかな、と。70代後半は家で過ごす時間が増えるでしょう。お金や名誉より、人とのつながりが人生で一番大切。だから、友人たちと過ごす時間を楽しみたい。そのためにも、人を招きたくなる家にしたかったんです」。
人生後半を健やかに過ごすために欠かせないのが人との交流だ。その中心になるのは、やはりキッチンとダイニング。「以前は清潔感を大切にして、パキッとした白を基調にしていました。でも今は、もう少し落ち着いた空間に身を置きたくなって」。壁は白からグレートーンへ、キッチンのワークトップも柔らかなベージュに変更。穏やかで上質な空気が流れる空間へと生まれ変わった。
小さな工夫が暮らしの質を変える。人が集まって楽しんでくれる家に
“動”から“静”へ。ゲストも自分も寛げるゆとり空間をつくる
リノベーションのきっかけは、実はもっと身近で小さな不満だった。「洗面所が少し使いにくくて。バスルームのドアも、ずっと好みのデザインのものに替えたかったんです。どうせ工事するなら、気になっていたところを全部見直そうと」。
相談したのは、8年前に家づくりでタッグを組んだファニチャーブランド「アルフレックス」のインテリアコンサルタント・尾角(おかく)亜美佳さん。「感覚がとても近くて、仕事の進め方も心地よい。家づくりは、自分だけですべて進めようとすると本当に大変です。費用は多少かかっても、信頼できるプロと出会えることが成功への一番の近道だと思っています」。
例えば、ダイニングのラウンドテーブルは少し窮屈に感じていたため、直径をわずか3.5㎝広げてオーダーすることを提案された。「たった3.5㎝なのに、驚くほどゆったり座れるように。ランチョンマットが重ならないよう計算しました」。6人がけのソファはひと回り小さいサイズに替え、その後ろに空いたスペースに愛犬のハウスをしつらえた。ソファを目隠しにして、ダイニングの雰囲気を壊さない工夫も。キッチンの収納庫には、奥行きの狭い棚を違い棚のように設けて収納力をアップ。飾り棚の棚板のビスをなくし、はめ込み式に。棚板の縁も薄く削り込むデザインにすることで、空間全体が軽やかな印象になった。玄関は靴箱を小さくして、壁にはシックなブロンズ色の鏡を設置。靴箱はベンチにもなる。「小さな工夫の積み重ねですが、暮らしやすさも見た目も、見違えるほど変わりました」。
“キッチンで感じる”をテーマに収納や、カウンターのトップの色をリフォーム
今回、最も時間をかけたのは、照明計画だった。「8年間暮らしたからこそ、『ここは明かりが欲しい』『ここは暗いほうが心地いい』ということがわかったんです」。スイッチの配線を見直し、照明ディレクターとともにキッチン上のスポットライトの位置や角度、光の質まで細かく調整。360度向きを変えられるスポットライトに替え、フィルターを入れて光をやわらげた。夜でも料理の手元はしっかり明るい半面、おもてなしの時間は、空間全体が優しい光に包まれるようになった。
「夕方から食事を始め、暗くなるにつれて照明を少しずつ落としていくんです。そんな光のグラデーションが心地よいのか、皆さん、本当にゆったり過ごしてくださるようになりました」
目ざしたのは、自分自身が心地よく過ごせる家。その心地よさは、そのまま訪れる人にも伝わるはずと松田さんはいう。「私のおもてなしの基本は『自分がされてうれしいことをする』なんです。季節を感じるしつらえがあり、豪華でなくても心をこめた料理があって、気の置けない友人と会話を楽しむ。そんな私にとって宝石のような時間を、この家で積み重ねていけると思うと、70代からの暮らしがますます楽しみになっています」。
愛(め)でたくなる空間を
季節ごとの飾りをディスプレイするお楽しみ空間。側板や方立を縁に向かって徐々に薄くする「テーパード仕上げ」にしたため、シャープで軽快な眺めに。棚のバック材を布に替え、上質感をプラス。夏の飾りはガラスで統一し、季節の花も添える。
常識を疑う
バスルームと洗面所の間のドアを撤去。マンションのバスルームはユニット式のため、好みのドアの設置が不可能。松田さんは半年間、ドアを開けたままお風呂に入ってみて問題ないと決断。「すっきりして、バスタイムがさらに楽しみに」。
ほっとひと息つく場所
天井まであった靴箱を半分以下の高さに。ベンチにもなるようにし、壁面にブロンズ色のミラーを設置。ゲストがベンチで靴の脱ぎ履きができ、荷物置き場や散歩帰りの愛犬の脚をふく場所にも。玄関が温かみのある落ち着いた空間になった。
明かりの質にこだわる
天井にすっぽりと格納され、360度向きが変えられる画期的なスポットライトは、「FLOS」のもの。「初めて照明ディレクターというお仕事を知りました。光の調整をしてくださり、大満足。照明で家の雰囲気が決まると思います」。
空間のノイズをなくす
梁や天井にあった点検口や排気口が気になっていたと松田さん。今回すべてを閉じ、見た目のノイズを減らした。「一応、排気口はふさいでみて、ドアの開け閉めがスムーズなことを実験したうえでの決断です」。美しい空間づくりの一歩になった。
「いつまでも居たい」――そう思ってもらえる優しい光と時間を目指して
新しく造作してもらったテーブルは無垢のウォールナット材。8年前にテーブルの照明として「アルフレックス」の「ライトコーン」を取り入れた。
太陽光にかぎりなく近い「紫色LED」で、料理や人の肌を自然な色合いに照らす。飾り棚やソファの近くにも間接照明があり、夕方から心地よい明かりが部屋を包み込む
夜のおもてなしは夕暮れどきから。
やさしい光に包まれたテーブルを囲み、シャンパーニュで乾杯。
おいしい時間が過ぎ、食後はテラスでデザートタイムを楽しみます。
「帰りたくない」「また必ず来るからね」と友人たちの声。
リフォームしたことで、よりかけがえのない心と心が通い合う、素敵な時間を共有できる気がします。
by 松田美智子
まつだ みちこ●料理家。食卓に本物を、と家庭料理のレシピ開発から、ていねいにつくられた食材と調味料の紹介、オリジナルの調理道具づくりまで、幅広く活動。本物を見極める鋭い審美眼に定評あり。
撮影/INOUE MASAAKI 取材・原文/北村美香 ※エクラ2026年9月号掲載